第2章 第10部 第21話

 今は彼等の存在を突き詰める余裕などない。


 ただ自分達に不思議な力が備わっている以上、何れ平穏とは無縁の出来事が起こる事くらいは理解していた。


 しかし、このタイミングだとは思ってもいなかった。


 ただ、特別な力を全く持たないミコの手を引き、みどりは必死に走る。とはいうももの、自らの能力を出し切ることは、ミコを怪我させてしまうことにもつながり、それは彼女にとって大きなハンディキャップとなる。

 

 動もすると、先ほど引き離した者達に、あっというまに追いつかれ、再度囲まれてしまう。


 みどりは、極力視界を確保するために、山際により背中でミコを庇いながら、彼等を視線で牽制する。

 


 〈アスファルトは……だめだ。時間がかかる……〉


 彼等の死角から再度拘束を試みようにも、路面を突き破るほどの強力な力を送り続け無ければならない。


 それに、不意打ちはもう通じない。


 自分一人であれば、時間稼ぎくらいはどうにかなるだろうが、やはりミコを庇いながらとなると、僅かな隙も許されない。


 「ゴメン……みどりちゃん」


 「友達を守るのは当たり前!絶対助けるから……」


 そんなけ健気なみどりの様子に、囲んでいた者達は嘲笑をして、少しずつ守り続ける。


 逃げの姿勢を打っていることから、みどりの戦闘能力と自分達の有意差は一目瞭然であるが、奥の手という物がないでもない。


 彼等は警戒を怠らなかった。

 

 「なぁ。女の子を殴るのは趣味じゃないんだ。大人しく二人して捕まってくれると、嬉しいんだけどなぁ」

 

 その中の一人が、二人に歩み寄ってくる。

 

 みどりはどうしようもなかった。我武者羅でも一手を繰り出せば、あっというまにミコを攫われてしまうと思ったからだ。


 ただ、見よう見まねの構えを作り、ジリジリと下がるしかない。

 

 その時だった。

 

 二人ににじり寄っていた男が、あっという間に、吹き飛ばされる。


 そしてそこには入れ替わるように、華麗な回し蹴りを決めた焔が、ひらりと舞い降りるように立つのだ。

 

 「日向の姉さん!」

 

 「無事か?」

 

 その一言に、みどりはただ首を縦に振る。

 

 「お前等なんだ?」

 

 真っ赤に燃えるフワリとしたミドルボブの頭髪を持ち、浅い褐色の艶やかな肌を間落ち、丈の短いTシャツ、ダメージブルーのホットショートパンツに、スニーカーという、実にいつもの焔らしいその姿は、彼等も知り及んでいる。


 勿論それは、黒羽が持ち帰った資料からだ。

 

 ただ、今回のメンバーの中に、焔と直接対戦した者達はいない。


 あの黒羽に強者だと言わせしめる手練れであるという情報のみが、彼等に伝わっている。


 そして、その噂に違わぬ素早さで、あっという間に自分達と、みどり達の間に割って入るのであった。

 

 焔は僅かに腰を落とし左前に構える。


 腰の浮いた、みどりの構えとは随分異なり、睨み付ける眼光も落ち着き払っている。


 そして絶えず視線は全体に配られており、全くの隙が無い。

 

 「ヤバイな……火縄さん一人にしちまってる……」

 

 彼等は別に、火縄の心配をしているわけでは無かった。ただ孤立した状況というのは、情報の断絶につながりやすくなる。


 そして彼は、前回藤との戦闘の際でもそうだったように、非常に冷徹な判断を下すのだ。

 

 「火炎弾!」

 

 焔は素早く六芒星を空刻し、拳で気を打ち込み、正面の三人に向かって、炎弾を飛ばす。


 まさかこんな着火リスクの高い環境で、遠距離技を使ってくるのかと彼等は焦るが、回避以外に手はない。

 

 しかし、回避された炎弾が一定距離を過ぎると同時に、その威力を収束させ、あっという間に燃え尽きてしまう。

 

 「な……」

 

 まさかと、誰もが思う。


 そして、それに気を取られている間に、焔は瞬時に間を詰め一人二人と、鳩尾に掌底を打ち込み、あっというまに戦闘不能にしてしまう。


 そしてなおも気後れしているもう一人に対して間を詰め、回し蹴りで頭部を蹴り倒す。

 

 焔は戦い慣れている。それは一対一という環境もそうだが、周囲に人がいる環境においてもだ。流石に鋭児ほどの人間相手に対して、そこまで気を遣う事も難しいが、彼等程度の相手ならば、炎皇として君臨していた彼女にとって、周囲に対する配慮する事も造作ない。


 多くの観客が、なんの防壁にも守られず自分の戦いを観覧している時、彼女はその距離感を決して忘れていないのだ。


 よって、ただ全力で戦えばよい訳ではないことを彼女は知っている。


 こうして、一定以上の力量差を見極められる相手であれば、余裕の牽制も見せて戦えるのである。

 

 不意を突き意表を突き、視線をずらし、相手に隙を作る。そしてまるで隙が無い。

 

 「快晴は?」

 

 焔は一度バックステップでミドリの前に戻り、状況の確認をする。


 「快晴はもう一人で上を引き付けてる。でも能力者と戦うのなんて、私以外初めてだからさ!」

 

 「そか……じゃ、さっさと片付けねぇとな」

 

 残るはあと四人だ。焔は改めて左右に散らばる彼等を確認する。


 「みどり、お前左牽制しろ」


 「はい」

 

 正面の三人が路面に伏しており、戦闘不能になっただけでも、状況としては、可成りの好転である。

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