第2章 第10部 第20話

 能力者がきている。スカウトだという。しかもあまり身なりのよいとは言えず、名も名乗らない。そんな男に返す答えなど何もない。


 それにらべて蛇草は非常に丁寧だった。そして大人の女性であり、自分が同じ答えを返しても、残念そうに、それでも上品に納得してくれるのだ。

 

 「そうかよ……。あ~あ。残念残念!」

 

 ただ火縄も、あまりそれ以上絡むことはなかった。ただ次に、二人に似つかわしくない一人の少女が其処にいる事に気がつく。


 火縄という男は、理路整然と物事を捕らえる男ではなかったが、断片的な不自然さについては、非常に勘の働く男だった。

 

 すると、ミコのほうもすっと、火縄から視線を逸らす。

 

 「火縄さん、豊穣祭まで面倒起こすなって、岳獅さんから言われてるじゃないですか……」


 「ああ?解ってるよ。豊穣祭までは、大人行くしてろ……だろ?」


 あえて、火縄は本来潜めるはずのその言葉を、声を大きくして言う。

 

 そして見逃さないのだ。ミコがその言葉の端に僅かな硬直を起こしたのを。

 

 ただ、目の前の快晴もみどりも、その言葉の意味を理解しておらず、ある意味ミコとは真逆の反応であった。


 不意を突かれた弛緩とでもいうのだろうか、明らかに思考が巡っている様子では無かった。

 

 当然だ。


 豊穣祭というものがどういうものであるのかを、彼等は知らない。そして今年のそれがどれほど重要な意味が込められているのかなど、尚更だ。


 ただ、大きな政があり、彼等の両親もそのその事を細かに話す事は無い。この土地の一風習であり、鼬鼠家はそれに関わっており、自分達には周りと異なる能力があると言うことをしっているくらいだ。


 勿論学園に勧誘された経緯があることから、それは自分達だけの特異なものではないことも理解している。

 

 「ん?んん?」

 

 火縄は、あえて快晴をはね除けてミコに近づくことはしなかった。それでも観察していることをアピールすることで、ミコがその反応を避けようとしていることは、十分に解る。そしてそれを楽しんでいる。

 

 「あれ?お宅どっかの御息女??」

 

 「え……」

 

 それには快晴の方が驚いた。確かにミコは自分達とは少し雰囲気が異なっているのかもしれないが、だとしても名も知らぬ子供を三人相手に、これまで執拗になるのかと思う。


 武家という存在を知らない快晴には、尚のことだ。

 

 ミコは必死で首を左右に振る。


 違うが違う。それがありありと解る彼女の否定である。

 

 「おじさん!しつこいよ!ミコちゃんが可愛いからって、狙ってんじゃないの!このロリ!」

 

 「オレは、どちらかっていうと、元気の良い君みたいなのが好きだなぁ。まぁ守備範囲外だけど」

 

 そういって、ミコを庇うみどりの方にも視線を配るが、彼女は特に豊穣祭とうものに対して反応を示す事は無い。

 

 一気に空気が不穏になったことで、ミコの怯えかたが酷くなり、みどりは尚庇う。

 

 「ミコちゃんは、オレ等の幼なじみだ。アンタの下品な声に驚いただけだ!」

 

 快晴はますます、警戒をし、火縄に対して一瞬の隙をもゆるさない構えである。

 

 六家の人間であれば、見過ごすことは出来ない。その事も含めて彼女には訊かなければならない。一般人だった場合などの処置は、依沢などに任せる方が手っ取り早い。


 「おせぇよ。能力者が二人。お嬢様が一人……どう考えても、怪しいだろ……」


 こんな場所に能力者がいるということそのものが、互いに不幸だったといってもよい。仮に慎重に物事を運んだとして、事態は容易く収まらない。


 「安心しろ、ちょっとしばらく大人しくしてもらうだけだから……よ!」

 

 火縄は前振りもなく、快晴に殴り掛かる。


 快晴は左上で、それを防ぐが容易く吹き飛ばされる。ただし、すぐに宙で身体を捻り、着地すると、体制を整えるのだ。


 「大人ってのは、子供相手にいきなり殴り掛かるのかよ……」

 

 ガードした腕が少し鈍く痺れている。


 「ああ?」


 火縄は不思議に思った。属性焼けも見られない子供が自分の拳を易々と防いだ。勿論警戒をしていたのかも知れないが、彼の腕は折れておらず、殆どダメージを受けている様子もない。


 攻撃を当てた時に感じた快晴の軽さを考えると、恐らく大地系ではないと推測出来る。


 かといって炎の術者の俊敏さを感じる事が出来る訳でもない。


 流動的な水の動きでもない。

 

 絞り込まれる。風、闇、聖。

 

 快晴の属性は聖で、彼は既に自らに加護を施している。

 

 「お前等、お嬢ちゃん二人をつれてけ……、傷つけるなよ!大将が不機嫌になる!」

 

 「おい!!」

 

 目の前の自分を無視して、話を進める火縄に快晴が吠えるが、いくら何でも多勢に無勢である。


 みどりも構えて警戒してみせるが、両者に言えることは、構えもすべて付け焼き刃であると言うことだ。


 能力を磨くことをしていたとしても、戦闘経験などほぼない。況してやミコがいる。ハデに動く事もままならない。

 

 そして、みどりとミコは、あっという間に囲まれてしまう。

 

 「みこちゃん。走れる?」

 「うん……」

 

 みどりが声を掛けた瞬間、舗装されていない足下の地面から、蔓のように、樹木の根が溢れ出し、自分達を取り囲んでいる男達の足に、あっというまに絡みつく。

 

 みどりはタイミングを見計らい、ミコの手を引き、彼等の間をすり抜けて、元来た道に向かい走り出す。

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