第2章 第10部 第15話

 「君は随分買うんだね……」

 

 そして、レジに並んでいる最中、炎弥が鋭児の買い物の量の多さに、少々驚いていた。

 

 「おたくさんもね」

 

 「はは。僕は余り外に出ないからね。こういう時が楽しみなんだ」

 

 鋭児はその理由を察する。不自由な足に、左の顔を隠すほどの大きな眼帯。和やかにしているが、それでも彼が外に出づらい要素はある。


 それにしても、炎弥はいつも通り黒い軍服である。鋭児から見れば制服にも取れるが、立派できっちりしている分、その風体が古めかしく思える。


 それに帽子もそうだ。


 コスプレなのか?とも思いたくなる

 

 ただ、それでも炎弥の中性的な美貌もあり、レジ打ちをしている腐女子であろう女性は、若干色めき立っている。


 一方真っ赤に染まる鋭児の髪色に、額の大傷は、あからさまにヤンキーである。


 早朝とはいえ、私服でウロウロしているとなると、学校なども行っていないのだろうと、かってなオプションがついてしまいそうな風体となっている。

 

 「あー……」

 

 そして、鋭児の前に並んでいた炎弥が何やら困り始めた。

 

 「ゴメン……足りないや。補充しわすれてた……えっと。」

 

 と、なんともしょぼくれた様子であった。そして、彼は幾つかの買い物の中から、モンブランをレジの店員に返そうとする。恐らくそれが一番金額が張り、その値段分が足りないのだろうということは、推測出来る。


 すると鋭児が後ろからスッと顔を出す。


 「いいよ。コイツはオレの奢り……」


 「え?いいの?」


 「いいよ」


 なんとも、残念そうにしょぼくれた炎弥の表情が、鋭児には放っておけなかったのだ。


 「やった!」


 自分達は見ず知らずの間柄だ。だが、何となく妙な親近感はある。そして素直に喜ぶ炎弥の表情は、男手もドキリとさせらてしまうし、一見して目の鋭いヤンキーな鋭児と、美少年の炎弥の顔が並ぶと、レジ打ちの女性は、二人の危うい関係を勝手に想像し始める。


 特に無邪気に喜ぶ炎弥の顔が良い。

 

 そして、炎弥はコンビニを出た直後に、改めて鋭児にモンブランを受け取るが――。


 「あ……やべ……バス出ちまった」

 

 鋭児はコンビニから出て、駅前ロータリー内にある目的のバス停にたどり着く前に、その無情な後ろ姿を目にする事になる。

 

 バスの時間を気にしていなかったわけではない。


 ただ、調子に乗って買い込んだ買い物の中に一つ、放っておけないものがあったのだ。


 鋭児は買い物した商品の中に、幾つかドリンクを買い込んでいた。そしてその中に、押し込めた秋季限定のスイートポテト味のソフトクリームがあったのだ。

 

 いくら涼しくなってきたとはいえど、次のバスまでには時間があるし、仕入れに行った快晴の父もまだ戻ってくる事は出来ないだろう。


 「ああ……僕がもたもた買い物をしていたせいだね……」


 そう、炎弥のスイーツ選びに鋭児もつきあっていた分だけ、レジの順番も変わり、挙げ句の果てに、モンブランの代金である。


 炎弥は申し訳なさそうにしている。

 「ああ、いいよ」

 確かに大した問題ではない。


 「じゃぁせめて、僕の迎えが来るまでに、君の待ちぼうけに友になっても、いいかな?迷惑じゃなければ……」

 

 どうやら炎弥も出迎えを待つ身であるらしい。


 そして、彼は鋭児が本来乗るはずであったバス停の前のベンチを指す。

 

 「僕は……ん……と、武田炎弥君は?」


 「黒野鋭児……」

 

 ベンチに座った二人は改めて、自己紹介をする。


 勿論炎弥の本当の名字は菱である。ただここは六家の本丸でもあり、本名を口にするわけには行かなかった。重要なのは「菱」という名字である。


 一方鋭児は、さほど警戒心があるわけでもなく、自分の名を口にする。


 「黒野君……ていうんだね。そか……」

 

 「宜しく……っていっても、まぁ……」


 自分達の関係は互いの迎えが来るまでのことだ。行きずりの話し相手だというだけのことである。


 「そんなことないんじゃない?今の時代こういう便利なものもあるし……」


 炎弥は携帯電話を取り出す。


 「それも……そうか」


 互いの連絡先を交換すれば少なくとも、縁は深まる。炎弥は意外に積極的である。それに物怖じしない。大人しい外見とは裏腹に、他人に対して臆する様子も無く堂々としている。


 彼がすっきりして見える理由がそこにあるのだと鋭児は思う。


 「えんや……と」


 鋭児は彼の連絡先を登録する。


 「うわ……ひらがなって」


 炎弥は思わず鋭児をからかい気味に笑う。しかし全く嫌みのない炎弥の笑みは、男手あっても卑怯であると思わせるほどの、魅力がある。


 「じゃ、エイジ……と」


 「だよ。人の事いえねぇし」


 「はは。全くだ。人の名前は難しいね。音が解っても字面が解らないと、どうしようもないや」


 エンヤはケタケタと笑う。


 酷い怪我にも負けず、明るく笑う炎弥を見て、エイジも思わず微笑みたくなる。

 

 「これ……食う?多分帰るまでに溶けちまうからさ」


 「ああ、これは見逃していた。失敗だ」


 「お金足らなかったのに?」


 鋭児はほしくても、炎弥の財布の中身を思い出すと、思わず吹き出してしまいそうになる。


 しかし本来学生の財布の中身などその程度だ。


 アルバイト後の給料日が、唯一その潤いを見せるときだが、それでも遊んで騒げば、すぐに金欠となってしまう。


 「え!?だって、酷いよ?僕の計算じゃ足りるはずだったんだよ」


 しかし確かに炎弥のそれはあながち間違いはなく、ここ最近の物価高により、コンビニなどはその影響で、あっという間に価格転嫁に踏み切ってしまうものだから、買えなくなるのも当然なのだ。


 尤もこればかりはどうしようも無い。


 「全く……だな」


 考えれば、自分は東雲家の支援も得ているし、六皇である彼の懐は、今や何の心配もない。昔は昔で執着がない自分ではあったが、それがお金の面にまで広がってしまうと、それは自制心の欠如に繋がるというものだ。

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