第2章 第10部 第14話

 快晴もみどりも、力を持っており、この土地ではそういう人間が、時折出てくる。


 それは土地柄だということよりも、卑弥呼のお膝元だからだろう。長らくこの土地には六家が関わっており、卑弥呼を守護するために、能力者も多く関わってきているはずだ。


 よって隔世遺伝による、能力発芽などもあったりするのは、不思議ではない。

 

 鋭児は特に学園内での、際どいやり取りなどを語ることは無かった。


 蛇草のことであるから、当然戦闘訓練中の事故に纏わることなどは、伝えているだろう。

 

 「ただ……」


 「?」


 「能力が向上すると、身体機能も感覚も向上しますし、結構技術習得なんかに応用出来ますよ」


 「ははは。それはなんとも逞しい……」


 鋭児のちゃっかりした考え方がなんともおかしかった。

 

 燃え上がるような赤髪の、しかも普段厳しさのある鋭児の表情が、ふと緩みそんな発言をするのだから、桃李は思わず笑わずにはいられなかった。


 鋭児達は存外学生生活をエンジョイしているのが解る。


 尤も鋭児などは、エンジョイなどという域を遙かに超えてしまっており、余り大っぴらに言えたものではないが、確かに充実した学園生活を送っている。

 

 鋭児がそんなことを言い出したのは、快晴が家業を継いだときの事を言っているのだ。


 学園生活を送ったとしても、そこで人生の全てが狂わされてしまうわけでもなく、快晴が望む道があるのなら、そこは主張すれば良いと鋭児は思ったのだ。

 

 そしてそう考えたのは。この土地が天聖家の手中にあり、自警としての能力強化にもなり、双方に有用だと思ったからだ。

 

 そして、車は駅前のロータリーで止まる。

 

 「さて、私も仕入れに奔走しないと。もし、バスとの時間が合わなかったら。電話してくれていいよ。此方も帰る頃には、連絡いれるようにするから」

 

 「有り難うございます」

 

 鋭児を下ろすと、旅館名の入った白いバンは、鋭児の元から走り去るのだった。

 

 

 市街地へと出たといっても、やはり朝の時間帯というのもあり、人の気配は少ない。


 とはいうものの、本来なら通勤通学の時間帯であるため、鋭児もその一員であるはずなのだ。しかしながら、現在の彼は学園内をその生活の中心としており、目覚め、朝食を取り、園内のバスに乗り、高等部へと向かうため、殆ど通学で、誰かに出くわす事はない。


 

 これが日常の光景なのだと、鋭児は改めて思う。

 

 「さて……と」

 

 鋭児は駅前のコンビニに入る。


 この時期は、秋季限定のコンビニスイーツ出回っているはずだ。


 学園に来るまでは、あまりそういうモノに目を向ける余裕がなかったし、学園内ではモールまで出かけないと、こういったものは、中々入手しづらいのだ。

 

 本来なら通学路の中での一コマであるに違いない。

 

 彼の目的はコンビニの期間限定スイーツを入手する事なのだが、一度雑誌コーナーへ寄りそこで漫画の週刊誌を一つ手に取る。


 考えれば、こんな余裕など無かったに違いない。


 そして昨日鋭児達がバスに乗り遅れた原因の一つでもある。

 

 入手出来ない訳ではないが、学園内にいると余りこういったものに直接触れることは少ない。日常生活の導線にこういったものが無いからだ。


 勉学、試合、訓練。


 これが彼等の日常である。


 焔がこういう機会に、そういう情報に興味を持つ事は、仕方の無いことである。


 「ああ、あの連載終わってら……」


 もう一年半以上も前になる。


 いや、特にその漫画を楽しみにしていたわけではない。やはり時は移ろいでいるのだと、実感したのだ。


 そして、最後に最初の方の頁にある、グラビアの特集に目を通して、パタリと本を閉じるのであった。


 それから、プラスチック製の網籠片手に、鋭児は一通り見て回る。


 なにも秋季限定なのは、スイーツだけではない。スナック菓子もその一つだ。主にチョコレート類やクッキー類にそれらが見られる。


 鋭児はそれらを適当に籠に放り込み、最後に冷蔵物ののスイーツの方へと行く。


 「ああ、あったあった」


 陳列棚には、それ相応に並んでいるが、時間帯もあるのだろう、点数が残り限られているように思えた。


 鋭児が秋限定のモンブランがある。恐らく最後の一点なのだろう、鋭児の手も心なしか、その手がはやる。

 

 すると、誰かの手が同時にそれに伸びた。


 その手は白い手袋をしており、自ずと互いの視界に入る。


 「あ?」

 「あ……」


 互いに遠慮のし合いと言ったところだ。手が止まり、思わず互いの顔を見合わすことになる。

 

 そして、スイーツに手を伸ばすため腰を若干屈めた位置で、互いの顔を伺うのだ。


 鋭児の目に飛び込んできたのはあ、左に大きな眼帯を付けた、彼の顔があった。


 そう、炎弥である。眼帯で覆われているが、それでも若干彼の左反面には、治療痕見える。


 明らかに右側の皮膚と、その色合いと艶加減が若干異なり、ケロイドとまではかないが、その怪我のひどさが窺える。

 

 「ああ、悪い……」


 「いや僕こそ……」


 鋭児がスッと腰を上げるのに対して、炎弥はやや重たげに、腰を上げる。今日の彼は杖こそついていないが、身体を起こす時に、膝の上にで手を支えるようにして腰を起こすのだった。


 そして、その腕には籠が通されており、彼は身体を支えながら、そんな窮屈な姿勢で買い物をしている。

 

 先に手を引いたのは炎弥だった。


 そして、鋭児も手を引く。


 「いいよ。君の方が先だった」


 それは定かではない。しかし、この距離でそれだけに視界が集中していたというのなら、お互いによっぽど慌てていたのだろう。


 最後の一つという時には、そういうこともあるモノだと、鋭児は少し反省をする。


 「じゃ……遠慮無く」


 炎弥はニコリと笑う。中性的な笑顔の美少年のそれは、朝からとても爽やかである。


 「取るよ。脚悪そうだし……」

 「ああ……どうも低い棚は苦手だ……」

 

 そんな炎弥の笑顔に鋭児も思わず、彼を放っておきたくなる。そして必ず炎弥が選んだ後に、自分が残りを取るのだ。


 それでもモンブラン以外は、大体複数個あり、買い物に支障が出る事は無かった。

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