第2章 第10部 第13話

 鋭児は旅館の玄関前にいた。

 

 「済みません。なんか便乗したみたいで」

 「構わないさ。まさか歩いて市街地へなんて」

 

 鋭児のそれに対して苦笑したのは快晴の父だった。

 彼はこの旅館で料理長をやっている。そして彼、食材の仕入れに出かけるところだったのだ。

 

 

 そんなおり、外に朝の空気を吸いに来た快晴が鋭児に出くわす。

 

 「あれ……黒野さんどこか行くすか?」


 「あ~焔サンが、寝言でプリンとかいってたからさ。多分コンビニ限定のスイーツ見て食いたがってたなって」


 「それだけのタメにですか?」


 「まぁ言い出したら聞かない所あるから……」


 「うは……」


 思いのほか鋭児は世話焼きなのだと、快晴は思った。


 「まぁ確かにこの辺じゃ、デリバリーも大変ですしね……」


 「快晴。お前はどうするんだ?」


 朝の空気を吸い込みに来た快晴に彼は訊ねる。


 「ああ……俺は、二人と久しぶりに山にいこうかなって。もう木登りって年齢でもないけど……」


 「そうか。まぁ今日は十分思い出を作ってやれ」


 「ああ……うん」


 特に厳しい家庭環境というわけでは無かったが、なぜこの父親がこれほど、寛大な回答を出すのかと快晴は思ったのだが、確かにミコとの時間は大切にしたいと彼も思ったのだ。

 

 快晴の名字は正樹という、そして快晴の父の名は、桃李という。


 「快晴は、如何ですか……」


 なんとも妙な質問であり唐突である。聞かれた鋭児としては、何を答えて良いのか解らないが、それでも二つ三つと考えて見る。


 「彼の背中は見ました」


 「ですか……」


 これに対して桃李の返事はそうだった。


 「豊穣祭の事は聞き及んでいます。天女様が成人されるようで……」


 それは、間違い無く卑弥呼のことであり、そういう呼ばれ方もしているのだと鋭児は知る。


 余り大きな声では出来ない会話なのだろうが、車内で二人だけだということもあり、恐らく彼はそんな話をし出したのだろうと、鋭児は思った。


 「どうも、血筋の中にああいう子がたまに出るみたいで……、宝珠さんの家もそうですね」


 鋭児はなるほどと思う。つまり快晴とみどりの親は、特に能力があるわけではないと言うことだが、そういう事がまれに見られる家系だということらしい。


 二人揃って覚醒痣持ちであるということとなると、若干見過ごせない事実ではあると、美箏の件も踏まえて、鋭児は思うのだ。

 

 「鼬鼠さんから、幾度かお声がけして頂いているのですが……」

 

 なるほど、要するに現役の学園生である自分の話を聞きたいと言うことらしい。


 「二人は?」


 ただ、それよりも鋭児は、二人の気持ちがどうであるのかを確かめる必要があった。


 「あの子達は、楽しくやっていますし、昨日のように旅館の手伝いもしてくれますし。余り考えてはいないようです」


 であるなら、学園のスカウトが恐慌的な姿勢でない限り、普通の学生生活が一番良いのだろうと鋭児も思う。


 美箏のように、やむにやまれぬ事情というものもあるが、二人に関してはそういう状況にはないようだ。


 「で、どうなんですか?」


 「え?ああ…………」


 鋭児は少し考える。


 「オレも昨年学園に入るまでは、普通の学園やってました。まぁオレの場合は、両親も祖母も死んで、いく宛が無かったという事が大きな要因ですが、拾ってもらったことには感謝しています。学費もいりませんしね」


 そう、自分の場合は生活というものの後ろ盾が殆ど無くなっていたことが、非常に大きなウェイと占めていた。


 尤も、その中で、焔や吹雪と出会い、多くの仲間を得た事に関しては、プラスだった。間違い無く自分の人生で大きな転換期だ。


 しかし、だからといって、それを他人に素晴らしいなどと、嬉々として語ることも無い。


 人には人の人生がある。

 況してや、二人は家も家族もいるのだから、その関係も愛も深めてゆけば良い。自分には出来ないことだと、鋭児は思う。


 「学園の事というのは、入ってみないと解らないと思います。ですが蛇草さんは、優しい人ですし。とても心の温かい人です。オレにとっては、もう一人の姉……っていいますか。ああ……学園で実は生き別れになっていた姉と再開しまして……」

 

 等とつい身の上話を交えながら話す鋭児である。

 

 「ですから、蛇草さんは二人に才能を感じつつ、二人の自主性に任せたいと思っているんだと思います」

 

 「自主性……ですか」

 

 非常に前向きで良好な関係性を示した言葉ではあるが、現状これだけ平和であり、法治国家であるこの国に、異能の必要性など、殆ど皆無だろうと桃李は思う。


 しかし、それは感覚のズレであり、感じる自主性には随分差がある。

 

 「これはオレの弟子にも言える事なんですが……」


 「?」


 「覚醒痣ってのは、放っておいて出るもんじゃないようなんですよね。逆に言えば、力を使う人間に現れるんで、学園というのは抜きにして、あの二人は存外自主練なんかしてるのかもしれませんよ」

 

 それが鋭児の回答である。

 

 鋭児は煌壮のことを例に挙げてそう答えたのだが、彼女は才能がありつつも、学園で無謀な試合を繰り返して、その兆候を見せ始めた。


 恐らくその切っ掛けなどは、人それぞれなのだろうが、少なくとも怠け者に出るような代物ではないと、鋭児は思った。

 

 「って、みどりちゃんとも一緒だったのかい?」


 「あ……いえ。それはオレの彼女の方がですね……」


 「ああ……」


 みどりはやんちゃな面があり、そういう大胆な事もあるかも知れないと思ったのだが、どうやらその辺りの分別はあったのだと、彼も胸を撫で下ろす。

 

 ただ、その後三人は、湯を共にしている。


 「済みませんなんだか根掘り葉掘り聞いてしまったようで……」


 「いえ……」


 「ただ、あの子達は私達の前で、余りそういうのを見せないもので……」

 ただ知るには何かの切っ掛けがあるはずだ。だから気がついたのだろう。当たり前だがそういうことだ。要するに、快晴もみどりも力をひけらかしてはいないということだ。


 気持ち的にも十分コントロール出来ている。

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