第2章 第10部 第12話

 「こうすると、もっと元気になるぜぇ?」

 

 そう言って、焔は鋭児を引き寄せて、彼の背中に自分の身体を押しつける。


 不意に引っ張られて態勢を崩した鋭児だが、焔の体幹は、その程度で崩れるほど夜話ではなく、自分に凭れかかる鋭児の体重を受け止める。

 

 そして、体勢を崩された鋭児は、彼女の胸に全体重を預ける事になる。

 

 「いや……ちょ!焔サン!」

 

 驚きはしたが、目を開けるわけにはいかない。


 「な?元気になるだろ?」

 

 鋭児を離すまいと、彼女は彼の首元に絡みつき、彼の肩口から顔を覗かせて、互いの頬を重ねて、甘く掠れた声でいう。

 

 そんな遠慮のない場面を見せられてしまうと、ミコはドキドキしながら、言葉を失ってしまう。

 

 「ったく……あの人は……」

 

 どうにか、焔から解放された鋭児は快晴のと頃へと戻って来る。


 愛されつつも、完全にマウントを取られてしまっている鋭児をみていると、快晴は、何となく自分の将来を察してしまいそうになるのだった。

 

 「なんか、完全に負けてますね」

 

 男であるなら、そこは譲ってはならないのだろうと快晴は思うだが、そう言われても鋭児は、特にそれを大きな問題にせず、小さく笑うだけだった。


 「まぁ……なんていうか。オレはそういう焔サンが愛おしい……」

 

 その一言で、鋭児にとって焔という存在がどれほどのものなのかを知る快晴だった。二人に何があったのかは解らない。だが間違い無く、バス停での出来事は、その延長線上にあったのだ。


 そういう焔が、何より鋭児にとって生きた彼女なのだ。


 そしてそうでなければ焔ではない。

 

 一方その言葉を聞いた焔は――――。


 「わり……俺、先上がるわ……」

 

 そう言って、顔を真っ赤にしながら、その場を後にするのだった。

 

 温泉で温まった肌も俄に季節の肌寒さを感じる気温となった時刻、鋭児は焔から少し遅れて、その場から離れるのであった。

 

 「快晴!こっち来なよ!」


 「あ……ミコちゃんは?」


 「私もカイくんと、少しお話しがしたいです……」


 やはり顔を見ながらでなくてはならない。


 仕切り越しで互いを想像しながら語るのも乙なものだが、久しぶりに過ごす一時なのだから、自分達はそうあるべきであると、ミコは思った。


 勿論気恥ずかしさはある。


 現に快晴は目を逸らしながら、彼女達の所へとやってきて、そのまま、ミコとみどりの間に腰を落とすのだった。

 

 翌早朝となる。

 

 まず目を覚ましたのはミコである。

 

 それは旅行に浮かれて妙にテンションの上がった子供が、誰よりもいち早く目を覚ますが如くであった。


 「ふふ……殿方と寝屋を共にしてしまいました……」


 そして、浴衣の袖口で口元を隠しながら、小さく呟くようにそれでいて、迷いなく嬉しそうにしながら笑う。


 それでも、もう一度伸ばしている快晴の腕に頭を落として、彼にもう一度寄り添う。


 「カイくんの匂い……」


 それは彼女の日常の中に決してない匂いだ。そして五年前では感じられなかった男子になった彼のものでもある。


 そして、そんな快晴の左がわには、みどりも同じようにして眠っている。


 そんなみどりは、まるで眠り慣れたように、リラックスしている。いや事実そうなのだろう。


 一度目を覚ましたミコではあるが、少し気持ちが落ち着くと、やはり若干眠さが勝ちつつあり、もう少しだけ微睡むのであった。

 

 だが、動もすると、今度は目覚ましの音が鳴る。


 とはいうものの、それはみどりの携帯電話からである。


 彼女はアラームをその時間にセットしていたのだ。


 「ん……ぁ……」


 寝ぼけたみどりは、若干それがなんのためのアラームであるのかを思い出せず、音を音と認識するまでに若干の時間を要する。


 「快晴……朝……」


 「ん……ああ……そか……」


 みどりに揺すられながら、更に重たげな様子で、快晴は目を覚ます。


 「ミコちゃんお早う……」


 「お早う御座います……」


 そう言いつつも、ミコは快晴の腕枕から頭を離そうとしない。


 「そうかそうか。気に入ってしまわれましたか……」


 みどりは妙にウンウンと頷いてしまう。


 そして、みどりではない温もりが自分の右側を支配している事を思い出し、快晴はそちら側から顔を逸らしてしまう。


 「て……てか、行くんだろ?山……」


 「そうでした」


 ミコは少し惜しみながらも、快晴の腕枕から頭を擡げ、向かい逢ってみどり微笑みあう。


 そんなミコもミドリも下着は着けておらず、若干開けた浴衣の間から、瑞々しい肢体を俄に見せる。

 

 「お……俺、先に顔洗ってくる……」


 みどりのことは知っているが、ミコの事は知らない。免疫が無いわけではないが、ミコは余りに無防備である。


 「ホントに良かったの?」


 「はい……私には少々難しい課題でした」


 ミコはクスリと笑う。本当はもっと望むステップはあったのだが、みどりがミコの唇を奪った事で、急ぐに至る心境にはなれなくなったといったところだ。


 ただ、そもそもみどりが、ミコに迫ったのは単なる欲情というよりか、みこの怪我を治すために、意識を逸らすことが、目的だった。

 

 ただそれも、取り越し苦労で、能力者であることは、焔があっさりと暴露してしまった。


 そして、それに対してミコもあまり驚く様子を見せなかった。

 

 「やれやれ……」

 

 快晴は、ミコとみどりの着替えのため、彼は別室で衣服を整え、一度朝の空気をするために、外へ出るのであった。

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