第2章 第10部 第11話

 学園では炎皇として名が通っている鋭児であるため、彼はその立場の人間であり、そういう視線で見る人間が殆どである。


 同じ属性ではあるが、親近感のある後輩とは言いがたい。


 親しくしている灱炉環でさえ、自分を炎皇と呼ぶ。


 そして、鋭児を炎皇として認めつつも、兄としてしたい師として慕い、それ以上の関係である煌壮だけである。

 

 意外に息苦しい学園生活を送っているものなのだなと、鋭児はふと思う。

 

 「私はいいよ?ミコちゃんなら!」

 

 柵の向こうからみどりの声が聞こえる。


 男通しの会話に、水を差された感じだが、そもそもが筒抜けである。

 

 「ちょ!勝手に話進めんな!」

 

 快晴としては常識的な気持ちがあり、表面上ではそれを否定しているが、確かにミコは一見して淑やかで上品で、穏やかで純粋だ。


 どこか自分達と住む世界が違うその雰囲気は、確かに当時の快晴の気持ちを揺さぶるには、十分な魅力だった。

 

 「ミコちゃんだって、どっちかっていうと、今日は快晴目当てでしょ?」


 「そ!そんなことない!みどりちゃんにも、逢いたかったんだよ!?」


 「にも!ねぇ!」


 「もう!意地悪言わないで下さい!本当なんです!」


 「あはは!」

 

 今度はミコが、からかわれているようだ。


 水音を立てながら、懸命に否定と肯定を繰り返していた。

 

 「所で、日向姉さんは、どこに御印があるんですか?もしや、乙女の尤も大事な部分……とか?」


 みどりが、卑猥な手つきで、焔のそれを調べようと、迫り始める。

 

 「ああ?オレか?オレは……」

 

 焔は、湯船の縁に霰もない姿で脚を掛け、そこに力を込める。


 すると、彼女の足首から、太ももにかけて、光り輝く龍が現れ、彼女の脚を螺旋状に駆け上る雄大な姿を浮かべるのである。

 

 「うわ……かっけぇ……」

 

 思わずみどりはそんな言葉を口にしてしまい、それは賞賛と感動に包まれていた。

 

 「いや……てか、ここまで螺旋……じゃなかった……かな?」

 

 実は彼女が力をそこまで解放するのは久しぶりのことであった。


 確かに不知火家で彼女はリハビリこそしていたが、力を温存するために、これほど意識的に龍を解放したのは、久しぶりのことだった。

 

 「おい!鋭児!鋭児!」

 

 そう言って、焔は慌ただしく、仕切りの向こう側へといってしまうのである。


「ほら!見ろよ!これこれ!」


「解った!解ったから!」


 鋭児は慌てて、焔を仕切りの方へと追い返す。当然抜群な焔のスタイルを目にした快晴は、赤面してしまうのである。

 

 「ったく。あの人興奮すると、すぐ周り見えなくなるんだよな……」

 

 抑焔は、豪快に見えて、誰彼無しに肌を見せる女ではない。大胆な振る舞いこそするものの、基本的には、鋭児だから何を見られても良いと思っている。


 そんな焔だが、可成り興奮していたようで、一糸まとわぬ姿でウロウロしてしまうのである。

 

 ただ、見られたからと言って、酷く苛まれる訳ではない。

 それはそれという所だ。

 

 「おい!鋭児!お前のも見せてやれよ!」


 「あ!?今じゃなくていいだろ!」


 「はぁケチんな!ちょっとコッチ背中見せるだけでいいからよ!」

 

 「はぁ……悪いな……」


 「いえ……」

 

 鋭児とて、無闇やたらと、ミコとみどりの肌を見る気は無い。

 

 そして、その時意識的に快晴に対しても、背中を見せる事のなかった鋭児が立ち上がり、その背中を枯れに見せる事になる。

 

 そこに刻まれた、優雅に羽ばたく鳳凰の姿があった。


 そして快晴は気がつくのだ。彼の両腕に鏤められているその覚醒痣は、宙に舞う鳳凰の羽根なのだと。

 

 「そりゃ……普通に風呂入れないっすよね……」

 

 鋭児が何故態々別館に宿泊させられることになったのか?というのを理解出来る快晴だった。


 鋭児は腰にタオルを巻いた状態で、仕切りの所までやってくると、目を閉じて背中を見せる。


 「おぉぉ……、なんかエグいですね……これ」


 みどりが感嘆の声が聞こえる。


 焔の龍もさることながら、鋭児の鳳凰もまた、雄大である。


 しかしそれ以上に気になることは、ミコの胸元にあある痣と酷似していることだ。


 焔は茶化しているようだが、ミコ自身も、自らの胸に手を当て、その類似性を気に掛ける。


 「日向の姉さん。これって、ミコちゃん黒野さんと三人で、なんか縁があるってことですか?」


 驚いていたみどりも、その事に気がつく。


 ミコの胸元にそんな痣があることなど知らない快晴は、若干話が見えない。

 

 「すこし触れてもよろしいですか?」

 

 ミコの手がそっと、鋭児の背中に伸びる。

 

 「どうぞ?」

 

 鋭児に許可を得ると、その背中にふれ、特に表面上なにか歪な感触があるわけでは無い事を知る。


 だがどういうわけか、身体の内側からじっくりと熱が回り始めるのが解るのだ。


 快晴からは、ミコの手だけが見える状態であり、その先には一糸まとわぬ彼女がいるのだと思うと、少しドキドキが収まらなくなりはじめる。


 ただ、それ以上に、鋭児の背中に彼女の手が触れる時間が、余りに長いのではないか?と、気になり始めるのだった。

 

 「なんかこう……、疲れが取れてきます……」

 

 「ほほう……そんな御利益が……」

 

 みどりは、断りも無しに触るが、そこには余り他意はない。ただ、非常に引き締まった背中だとは思った。しかし、ミコの頬の血色が良くなるほどの効力を、彼女が感じることはなかった。

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