第2章 第10部 第8話

 食事としては、特に彼等若者向きというわけでは無かった。


 どちらかというと、通の大人好みであり、山菜料理や活け作りがメインであった。それでもボリュームはあり、ミコからすればこれをこの人数で食べきることが出来るのか?と、思わず目を見張ってしまう。

 

 ただ、五年ぶりの再開となる旧友との食事は美味しかった。


 「あのときは、みどりちゃんとカイくんと、三人でしたけど、今日はお二方と出会えて、本当に良き日です」


 あのときより、より賑やかになったと、ミコは感嘆した。

 思わずそんな事を口にしてしまうのである。

 

 「まだ、いっぱいあるよ!」

 

 みどりが元気いっぱいに、箸を動かして、船に盛り付けられた、刺身に箸を延ばす。


 焔も負けずと元気に箸を延ばすし、快晴は騒いではないが、ペースとしては彼女等と余り変わらない。


 鋭児は意外に静かに食べている。


 「ほらほら……、湿気た食い方してんなよ」


 取り皿に盛られた刺身を鋭児に押しつける。


 「ああ……、ご飯美味くてさ……、やっぱ米所かなって……」


 「あはは。若干外れてますけどね」


 ミドリは、鋭児が黙々と食事をしている理由に納得をする。元々鋭児は余り賑やか敷く食事をする方ではなく、それは焔担当である。


 「そうですね……。もう新米の季節ですので、この時期は本当に楽しみです」


 今食べて居るご飯も美味しいが、その時期の艶やかに炊かれたご飯か、その甘い香りがなんとも香しく、それだけで食欲がより増してしまう。ミコは改めて、お米の香りを堪能する。

 

 「ほら……だから、ついてるって……」

 

 こういう時の焔は本当にワルガキである。


 茶碗に入ったご飯を掻き込むように食べるものだから、頬に米粒が着いてしまうのだ。


 鋭児が指を伸ばすと、焔は慣れた様子で、顔を差し出し、それを処理してもらうのである。


 まるでそれが当然のように、鋭児はその一粒を自分の口へと運び、丁寧に食べるのだ。

 

 「黒野様は、丁寧に食事をされるのですね」

 

 一見して、無愛想で鋭い目つきをしている鋭児が、本当に静かに食事をするものだから、荒々しそうに思えるその外見とはほど遠いその食事風景に、ミコも思わず関心してしまうのだ。

 

 「いや、焔サンが賑やかすぎなだけっしょ」

 

 そういって、ミコの言葉に便乗するように、ニヤリとして焔を見るのであるが、からかわれた焔は、何も言わず、箸を持ったままの手で鋭児の頭を小突きにかかる。

 だが、それも本気ではなく、鋭児がすっと躱すといとも簡単に空を切ってしまうのである。

 

 その様子から、これがこの二人の日常なのだろうと、誰もが解るのである。

 

 「ほらほら……」

 

 恐らく鋭児に目が集まっている間なのだろう。

 態とらしく頬に米粒を付けたみどりが、快晴に向けて、自分の顔を突き出す。

 

 「ったく……」

 

 そう言って人に見せつける事になれていない快晴は、照れながら、それでもみどりに逆らわず、鋭児と同じようにみどりの頬についた米粒の処理をする。

 

 そういうあざとさが、ちゃっかりとした、みどりらしいのである。

 

 流石にこのあざとさだけは、みこにとって一朝一夕には行かないものだった。

 

 十月となると、日の入りも早くなる。それに山間部となると尚日差しが届かなくなる。

 茜色から夕闇へと時が進むのは、それほど時間が掛かることでは無かった。

 

 一同は緑の呼びかけで、駐車場に集められる。

 といっても、来客用の駐車場ではなく従業員用の駐車場である。

 

 「じゃーん」

 

 緑の両手には、どこからかき集めてきたのか解らないが、山ほどの花火が抱えられていた。


 「お?いいじゃんいいじゃん」


 九月を越えてから、そういった余裕など無かった。夏場には時間もあったが、これで中々予定が詰まっていたし、少し季節ははすれているものの、どのみち自分達は豊穣祭という祭りに参加する事になる。

 尤も、あくまで周辺警備という名目であり、祭り気分もなにも無いわけだが、卑弥呼の成人式さえ無事におわれば、正に一仕事終えたという状況になり、自分達にもなんらかの報償は出るのだろう。

 

 そう思うと、こういうのも、悪くないのかもしれないと、焔は思うのである。

 

 「あ……ライターわすれた……」

 「何やってんだか……」

 

 快晴は勢いだけの緑に、ため息をつく。


 「水用のバケツばっかり気にしてたぁ」

 「ああ。気にするな……火ならここにあるよ」

 

 焔が、パチンと指鳴らして弾くと、火花がバチリと飛び散るのだった。


 「焔サン……」


 鋭児は若干焦る。


 「いや、鼬鼠の人間知ってるなら、オレ達の事くらい大方理解してんだろ」


 「いや……じゃなくって……」


 「ああ……ミコちゃんはいいんだよ。な?」


 そう焔が声を掛けると、ミコは若干困った表情をするが、コクリと頷く。


 なにがどう良いのか解らないが、彼女がそれ以上語りたがらないのは、何らかの事情があり、それは悪意からではない。そして焔が確信を得てそう言っている。

 

 「まさか、着火用の蝋燭も、忘れたぁなんていわねぇよな?」


 「はは、それは大丈夫!」



 「まぁオレ達の事は後でじっくり裸の付き合いでもしながらよ……な?」


 そういって、焔がミドリの肩をぽんと叩く。


 「日向のお姉さんは、なかなか鋭いですねぇ」


 「まぁな」


 焔は白い歯を溢しながら、屈託なく笑う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る