第2章 第5部 第6話

 蛇草はなんとも困った様子である。

 

 その後、鼬鼠も灱炉環も、午後の授業に出ることは無かった。

 

 さらに問題はそこからだ。

 いや、問題というほどのことではないのかもしれない。

 

 「あの……」

 

 鋭児は困り果てる。

 

 「すやすや……」

 

 「あのですね……」

 「すやすや……」

 

 午後の授業も終わり、炎皇の間に戻った鋭児だったが、彼のベッドの上には、更が占有しており、挙げ句の果てに狸寝入りである。

 

 「鋭児兄お疲れー」

 

 と、同じように体操服姿の煌壮が、炎皇の間に戻って来るのだが、彼女の目にもベッドの上に寝ている更が目に入る。


 「シャワー、浴びてこいよ。今日はストレッチして終わりにしておこう。オレも新様の事で、ちょっと、疲れてるし……」

 「あいよ。んじゃ、オレ自分の部屋で浴びてくるから、鋭児兄もすっきりしておきなよ」


 「そう……だな」

 

 煌壮は、昼休みに持ち込んだ自分の荷物と一緒に、一度自分の部屋に退散するのである。

 そして、鋭児がシャワーを浴び始めると。


 「鋭児くーん。更お姉さんですよー?お姉さんも、少し汗ばんじゃったぁ」


 わざとシャワー室の前で、そんなことを言い始めるのである。先ほどの見え透いた狸寝入りといい、彼女も相変わらず人をからかうことを生きがいにしているようだ。


 「だったら、さっさと本家に帰ってくださいよ!」

 「冷たい!それに、蛇草ちゃんにおいてかれちゃったんだもの」

 「更様がフラフラしてるからでしょ!」

 「フラフラしてません!午後はずっとこの部屋で大人しくしてました!」


 それも確かにそうだと思う鋭児だった。

 いくら東雲家の人間だといえど、更にこの部屋の出入りをする権限を与えてはいない。よって更はこの部屋から動くことが出来なかったのだ。

 

 つまり、蛇草は本当に更のことを忘れて、東雲家に帰ってしまったことになる。

 

 「え・い・じ・くーん」

 

 何の遊びだと、鋭児は腹立たしく思いながらも、確かに更は美人である。当人もそれを十分理解していることだ。ただ如何せん、彼女の中身が酷すぎる。

 明らかに鋭児を困らせて遊んでいるのが解る。

 

 ただ、だからといって、報復がてらに、シャワー室に彼女を引き込むと、それこそお家騒動となりかねない。

 新が漸く蛇草と和解する機会が訪れたというのに、新たな火種を自分が作ってどうするのだと鋭児は思う。

 

 「更様は、……そのイイオトコとかいないんですか?彼氏とか……」

 「いるわけないじゃない。東雲更様ですよ?かごの鳥ですもの」

 「いや、でもそれでも、イイ男だとか、思う事もあるでしょ?」

 「ないない。ありません!」


 それもまた出会いの少ない人生だと鋭児は思う。更の性格は度外視で、東雲家の人間であると解ってる以上、容易く声を掛ける人間はいない。

 取り入るために、声を掛ける程度の人間ならば、更自身が門前払いにしてしまうのだ。


 「だからって、まだ十七になりたてのガキにへばり付く事もないでしょ?」


 それが鋭児の自分に対する価値観であり、更はやはり大人の女性なのである。


 「じゃぁ私が東雲家の女じゃなくて、十七歳でこの状況だったら?」


 そう言われると鋭児は沈黙してしまう。


 「ホラホラ!」

 「ああ!もう五月蠅いなぁ!悪かったですね!節操なくて!」

 

 「じゃぁじゃぁ、煌壮ちゃんは!?」

 「キラ……すか?」

 「そうそう、煌壮ちゃんはどうなのよ、ハーレム王としては……」

 「あのですね!」

 「いいからいいから!」


 明らかにウキウキとした更えである。


 磨りガラスハサミ、彼女の表情が見えなくとも、今にも小躍りしそうな彼女を容易に想像出来てしまう。


 「これは、東雲家第四位、そして東雲家純血統の次女である、東雲更の命令です!」

 「なっすかそれ……きったねぇ」

 「大人は汚いものです!身体は汚れなくとも、心は汚れてゆくのです!」

 「いやそれ、自虐にしかなってませんし……」

 「いいからいいから!」

 

 「べつに……、預かっているだけっすから……」

 「はい!心が動揺してます!。嘘は許しません!」

 

 今のは間違い無く理性の声で、義務的且つ事務的な回答だ。


 「恋愛感情はないです……」

 「えーーー!?」

 「いや!マジですよ。ですけど……」


 「けど?」

 「可愛いヤツですね。生意気でやんちゃで……。オレ一人っ子で、まぁ美箏はいましたけど、従妹で同じ年で、キラと最初にあったときは、お互い印象最悪でしたけど、何やかんや懐いてくれて、ちょっと笑顔が焔さんに似てて、ワルガキっぽい所もあるせいか、愛着わいてますね。まぁ血は繋がってないっすけど、アイツがオレの事アニキだって思ってんなら、オレもアイツのアニキでいたいですね」


 「じゃ、じゃぁ。夜のドキドキタイムは!?」

 「あのですねぇ!」

 「いいからいいから!命令です!純粋に女の子としての煌壮ちゃんは、どうなのよ?」


 「可愛いと思いますよ。焔さん、吹雪さん、千霧さんともタイプが違って、妹キャラってのもありますんで、どうしても愛でる感じにはなっちゃいますが、だからついつい甘やかしそうになるかなって……いや、焔さんには、甘やかしてるっていわれますけどね」


 「それでそれで?修行とかつけてるんでしょ?」

 「まぁ……キラは身体が華奢ですからね。今はちゃんと見てやらねぇと。キラをどうしたいか……とかは、その後ですかね。ハハ。まぁ、この状況をみんなが許してるってことは、なんとなく焔さんの考えなんだろうなって……」


 「なるほど、なるほど、更お姉さんは、満足致しました!」


 そう言って、更の足が遠のくのが解るのだが、足音の数がおかしい。明らかに更の他に誰かいるようだ。

 

 「え!?ちょっと!」

 鋭児は、慌ててシャワーを切り、身体を拭くのをソコソコに、馬鹿げた広さをしている、絵自分の寝室へと顔を出すのである。


 「鋭児兄……その……ハズいよ……」


 そう言って、耳まで真っ赤にして、ベッドの上に座り込んでいる煌壮がおり、その横で、とぼけて横を向いている更がいる。

 

 「ちょっと!キラ戻ってるならいってくださいよ!」


しかし、更は腹が立つほどに惚けっぱなしだった。

 

 「鋭児兄……それ」

 「え?どれ!?」

 「その……キラ……っての」


 煌壮はモジモジとしながら、その事実を確かめたがるのである。


 「あ!?ああ、灱炉環ちゃんを、ちゃん付けで、何時までも自分の妹分、名字読みってものどうかなって、それでタイミングみてて……」

 「じゃぁ……メールのあれ……」

 「ああ……うん」


 鋭児もすっかり照れてしまう。

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