第2章 第5部

第2章 第5部 第1話

 「あ……やべ」


 煌壮は、何かは解らないが、なぜか彼との対面が、非常に厄介ごとに繋がるのだと直感し、視線を外すだけに止まらず、踵を返して教室内に戻ろうとするのである。


 「まってまって、そこのお嬢ちゃん!今、目があったよね?ね?」


 男は、そう言うと同時に、逞しく厚みのある大きな手で、煌壮の細い肩を力強く掴む。

 ただ、それは決して強引な強さではなく、正しく力加減はされている。それでもその強さに、煌壮は動く事が出来なくなる。

 いくら自分が華奢だとは言え、先日行われた順位戦で一位を取った、仮にも実力者である。


 「は……はぁ」


 煌壮は仕方が無く振り返り、苦みの取れない愛想笑いを振りまくのだ。


 「あのさ、メガネを掛けた、こう……笑顔の可愛い女の子しらないかな?」


 そのフレーズだけを聞くと、なんだか怪しい中年にしか思えないが、少なくともこの学園内を徘徊することが出来るのだから、まごうことなき関係者か、あるいは父兄であるには、間違い無い。


 いや、承知の通り、どう考えても彼の待とう気からして、赤銅家の関係者だ。だとすれば、彼は間違い無く、灱炉環の父親なのだろう。


 なんとも言えない暑苦しい圧力に、煌壮はすっかり参ってしまう。

 だが、煌壮が直感したイヤナ雰囲気というのは、彼が邪気を含んでいるという意味ではなく、まさに彼女の勘がそう訴えかけているのである。


 「あの、オレ今から飯なんで……」

 「そんなこと言わないで!ね?」

 「あ~メガネ掛けてるってことは、トロ子いや、赤銅さんの関係者ですか?」


 若干観念しかかっている煌壮は、この学級において、メガネを掛けている人間が彼女くらいしかいないため、仕方なくそれを白状しているのである。


 「そうそう!」

 「赤銅さん……どこいったかなぁ……ははは」


 煌壮は一分一秒たりとも、ここにいるのはまずいと思い、なんとも他人行儀に事を運ぼうとするのだ。


 「なぁ煌壮、オマエ赤銅どうしたかしらないか?仲良かったよな?」


 と、授業帰りの担任が、なんとも気まずいタイミングで、普段欠席などしそうにない灱炉環の様子を伺いに来るのだ。

 なぜこのタイミングなのだと、煌壮はゲンなりとして、すっかり老け込んでしまう。


 「今日は見てません……けど、親子なら電話で確認したほうが早いんじゃないすか?」

 「いやぁ、一応連絡はしてたんだけど、対面くらいはサプライズと行きたかったんだがなぁ」


 この様子からしても、彼が灱炉環を溺愛しているのがよく解る。


 「あ……そ……すか」


 おそらくこの様子だと、灱炉環が見つかるまでとことん付き合わされそうである。


 「あ~トロ子?オレだけど、どこいんの?飯くわね?ああ、鼬鼠さんとこ?なんで?ああ、なる……」


 煌壮の距離感のない、雑ではあるが、遠慮の無い物言いに、彼は少々驚きを隠せない。

 「で?一応おたずねしますが、人を捕まえておいて、名も名乗らないのはどうかと思いますが……」

 「おお!お提げの少女!これは済まない!私の名は、赤銅逞真しゃくどうたくまといって。察しの通り、灱炉環ちゃんの父だ」


 「灱炉環ちゃん……ねぇ。オレの名は、煌壮明」

 「ああ、そうか。教諭殿も申しておられたが、君が煌壮君かぁ!」


 今度は、がっちりと煌壮と握手を求めてくる。今度は遠慮のない力の籠もった握手で、流石に小さな煌壮の手には、応えるる握力だ。


 「っとすまない。灱炉環ちゃんが随分、キミの事を嬉しそうに話していたよ。あと……なんだったか、そうその鼬鼠……、そうか鼬鼠家のご子息か、ふむふむ」

 「その、我が家は鼬鼠家とあまり接点がなかったのだが……どうしてかと。まぁあまり子共の事に口を出しすぎるのもとは、思って居たんだが……」


 気にならないでもないと、言った口調である。


 「ああ、鋭児兄……っと、つまりオレの師匠兼兄貴分が、鼬鼠さんと懇意で、オレがトロ子とダチで……みたいな感じで……」


 煌壮がそれを話すのは、この後に起こる嵐の緩衝材となるべく、と思ってのことだ。

 どうにも胸の奥がザワついて仕方が無い。

 

 以前灱炉環が、家の事に関してなんとなく困った表情をしていたことがある。家族中は悪そうではないが、煌壮の中では、その空気というものが、なんとなく忘れられずにいた。


 それは、灱炉環が遠慮がちな性格であるからだろうとは思っていたが、灱炉環がこの圧力になんとなく耐えられないことがあるということが、煌壮にも理解は出来た。

 

 「あ、ちょっと待ってもらえますか?」


 煌壮は、スマートフォンを取り出し、メッセージを打ち込む。


 「『鋭児兄。ゴメン、ちょっとトロ子の親御さんが来てて、案内しなきゃならなくなったから、先食べてて』っと……」


 煌壮は簡単にそれだけを打ち込むと、送信してしまう。


 「て、鋭児兄は待ってんだろうな……」


 なんとなくそれが想像できた煌壮は、なんとなくおかしくなって、クスリと笑う。


 「あ……、でも寮だったら、食堂突っ切った方が早いのか……、まいっか」

 そして、煌壮は灱炉環の父、逞真を連れ、鼬鼠と灱炉環の待つ、風皇の間へと向かうのであるが、寮は校舎と直結しているわけではない。


 そのため、一度屋外へと出なければならない。

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