第2章 第4部 最終話
しかし、その時間の終わりは、彼等が思うより早く終わりを告げることとなる。
まず、鼬鼠の携帯電話がなる。それは勿論蛇草である。
そして、第一声が――――。
「翔!何してるの!授業にも出ないで!」
どうやら、蛇草はわざわざ彼の教室にまでやってきたようである。そしてそれは彼が予想していたより一時間以上も早い。
鼬鼠は思わず、スマートフォンを、腕が許す限り伸ばし、最も遠い位置にそれを置く。
「ああ?疲れてたみてぇだ……わりぃな」
何に対して疲れたのか?と、赤面してその時間を想像した灱炉環は、鼬鼠の膝上で顔を真っ赤にする。
しかし、その一声で、蛇草の文句は出なくなる。確かに状況としては、張り詰めたものだった、夜通しであったし、戻ってからは灱炉環達の手続きもあった。
若いからと言っても、新奪還という非常に重圧のある任務を熟したのだ。疲れなどすぐさま取れるわけもないと、蛇草は納得する。
「部屋にいるのね?」
「ああ?ああ……」
鼬鼠は、いつも通りの気怠い返事をしているが、灱炉環の肩は離さなかった。彼は弁解の一つもする気がないということは、それで解るし、自分との関係を秘匿にすることもないという、意思の表れでもある。
それは、灱炉環にとって、なんとも嬉しい限りだが、気を失うということと、そのときの対処が気になる。
取りあえずは、一度、灱炉環を膝上から下ろす事にする。
状況的には、それほど甘い寝言を言っていられる場合でもないし、姉とは言え鼬鼠家頭首である蛇草の前で、その態度は、あまりに無作法である。
そして、蛇草も決してマナーは破らない。
まず風皇の部屋のとをノックするのである。
そして、鼬鼠はそれを出迎える。
と?
「え?」
鼬鼠はまず驚く、何故なら更が着いて来ているからだ。
「当たり前です!赤銅家の長女を何の断りも無く、危険な任務に当たらせてしまったのですよ?そして、更様推薦というのであれば、来て頂くほかないじゃない!?」
「あ……ああ。更様……申し訳……御座いません」
鼬鼠は頭を下げる。
「いいのいいの。翔君が私の身辺の事を考えて動いてくれていた事なんだから」
「はぁ……」
「はぁ……」
鼬鼠のなんとも冴えない後の、蛇草のため息である。今にも偏頭痛に襲われてしまいそうに頭を押さえて、鼬鼠の後ろについて歩く蛇草だったが、応接間に顔を出した瞬間、話題の灱炉環が、彼女たちに向かい、丁寧なお辞儀をもって迎えるのである。
「え?」
これには、蛇草も意味がわからない。彼女は炎属性の人間であり、ましてや風皇の部屋にいるというシチュエーションは、考え辛い。
いや、そもそもどうして鼬鼠が灱炉環を推したのか?という疑問がグルリと脳裏を巡る。
一瞬鋭児の顔が浮かび、煌壮の顔が浮かぶ。その繋がりでは無かったのか?と、考えるがそれではこの状況の意味が説明出来ない。
いや、説明はつく、自分来訪し、彼女の父親が来訪するというのであれば、二人で出迎えるべきだと、考えるのもまた当然であろう。
「ね、ねぇ赤銅さん?どうして、炎皇に相談をしなかったのかしら?」
「あ……え?えと……それは……ですね……」
そう、炎属性の人間であれば、鋭児に相談が行き、そこから自分に連絡が来ても全く不思議ではない。
新の事があり、自分は色々見逃していたことに気がつく。
それを見て、面白そうにソワソワしだす更だった。
そして、困った灱炉環が、顔を赤らめながら、チラチラと鼬鼠に視線を送り始めるのである。
「責任は取る。煮るなり焼くなり、好きにしてくれ」
鼬鼠は、あぐらをくんで床に座り、それ以上何も言わない。
そして、その一言を聞いたことで、灱炉環は感極まって、ぽろぽろと涙を流し始めるのである。
「まぁ!」
完全に野次馬的な感嘆の声を上げて、目を輝かせる更がそこにいた。
「ちょ!ちょっと翔!あなた!ああ……神様……なんて事を……」
一難去ってまた一難だった。蛇草が天を仰いでしまう。そして鼬鼠を殴る気力さえ無くしてしまうのである。
「それで?赤銅さん、お父様がいらっしゃるのは、何時と仰ってました?」
「えと……お昼休みぐらいに……なんだか……スミマセン」
「いいえ。貴女は何も悪くありません!ちょっと成長したと思ったら、いくら可愛いお嬢さんと懇意になったからといって……この愚弟!」
「いって!」
少し落ち着いたのか、蛇草の拳骨が胡座を組んで座っている鼬鼠の頭に飛ぶ。
「で、どうなの?初夜は?よかった?」
「更様!」
こちらは殴るわけにはいかない。が、更が興味津々になってソファに座っている灱炉環の横に座り、詰め寄りながら、距離感なく灱炉環に詰め寄っている。
「それは……その、へへへ……」
どれだけ大胆な夜だったのだろう。甘いくらいに互いに強請り合った時間を反芻すると、過激で大胆な自分達がいたことに、頭が沸騰しそうなほどになる。
そうでありながらも、嬉し恥ずかしそうにしているのであった。
「あらステキ!私断然応援しちゃうんだから!」
「ああ……頭痛い……」
蛇草は、更の燥ぎっぷりに、目を眩ませながら、頭を冷やすために水を一口飲むことにする。
午前中の授業が終わる。
「んだよ。トロ子、結局午前中出てこなかったじゃねーか」
煌壮は一応、自分の中では親友という位置づけにある灱炉環が言葉を濁したメールのみで、午前中の授業に全く出てこなかったことに対して大いなる不満を持ちながら、食堂に向かうのである。
そんな中、誰もが注目するような、非常に体格がよく、身体に厚みのある、口ひげの中年男性がキョロキョロとしながら、廊下を歩いているのである。頭髪も艶のあるポマードで、オールバックに整えられている。
身長も非常に高いため、更に巨躯に見える。
彼は、小豆色に白線の入ったスーツ姿で、ややもすればどこかの富豪か社長か?といった雰囲気で、左の薬指にも、金色に煌めく指輪をはめている。
煌壮には、それがすぐに赤銅家に由来する人間だと言うことを理解するが、彼が纏う気の状態が非常にソワソワと落ち着きがない。
それは彼が小心者であるとか、器が小さいだとか、そういったものではなく、明らかに個人的な感情に満たされているのだ。
そして、そんな彼と煌壮の目が、思わずあってしまうのである。
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