第2章 第5部 第2話

 煌壮が歩き始めてすぐ、鋭児からの返信が来る。


 『それなら、オレが引き継ぐから、キラの方こそ、先に食べてろ』


 と、メッセージが返ってくる。


 「へへ、キラだって、これ絶対打ちちミスだろ」


 そう言いながら煌壮はニヤニヤしながら、逞真を連れて歩くのである。

 姉弟が仲良きことは良いことだと、それはそれで微笑ましく、特に声は掛けなかったが、逞真もうんうんと頷く。


 「ん?確か、鼬鼠家と懇意にしている、炎使いとなると、炎皇か?」

 「そそ。鋭児兄だよ」

 「ほほう……。アレは凄かったなぁ。前皇となれ合いのない一騎打ち。まぁ前皇の不調で、残念な幕切れだったが、弟子が師に応えんとし、師はそれを正面から受ける。うんうん」


 「焔姉と鋭児兄は、仲いいよ。鋭児兄が完全に尻に敷かれてる感じだけど……」


 自分の敬愛する二人の戦いをこうして直接的な声として聞くと、煌壮としても嬉しい限りだ。その小さな背中が、機嫌良く少し弾んでいるのが逞真から見てもよく解る。


 短い会話ではあるが、煌壮は、逞真の人柄そのものは、決して悪い感じはせず、寧ろ寛容ささえ窺える。

 だが、不思議と胸騒ぎは治まらない。

 

 食堂前にやってくると、やはり鋭児は、食堂に入らず、そこで待っていた。

 

 鋭児は、煌壮に一度挨拶がてらに小さく手を振り、それから逞真を確りと見据えてから、静かに頭を下げる。


 「黒野鋭児です。先日は、御息女の手を貸して頂き、誠に感謝しております」

 「うむ……。まぁ……その事については、鼬鼠家の当主と話をすることになっていてな。今日は娘の顔を見に来るだけのつもりだったのだが、急遽そちらと会うことになってな」


 「お手を煩わせて申し訳ございません。案内いたします」

 「頼む」


 そう言って、鋭児は一礼をすると、案内をしようとすると、煌壮が鋭児の腕に絡む。

 「へへ。いこ!」

 「おい……」


 そう言っても、煌壮が引かないことは、鋭児もしっているし、客人を待たせるわけにもいかない。


 「はは、構わん構わん」


 完全に妹に懐かれている兄という構図で、鋭児は振り返りながら、申しわけなさそうな目をしながら、ぺこりと頭を下げる。


 「今のなんか、鋭児らしくねぇ」

 「っせぇな。オレだって勉強くらいしてんだって」

 「っふぅん」


 小声で、そんなやり取りをしている煌壮と鋭児だった。

 

 やがて、鋭児達は風皇の間に辿り点く。

 そして、鋭児は部屋の扉をノックするのである。


 「どうぞ」


 と、中から蛇草の声がするのである。


 「お客様をお連れしました」


 鋭児が、扉を開け頭を下げ、扉を開くと、煌壮が逞真を中に導く。

 

 「申し訳ございません。本来なら此方からお伺いしなければならないところを……」


 リビングにまで二人が顔を出すと、蛇草が逞真に深く頭を下げる。それと同時に煌壮も、蛇草に頭を下げる。

 二人のやり取りを見た逞真は、両者が窮地である事を知る。

 

 そして、リビングの中央には、正座をさせられている鼬鼠がいる。

 これには、かなりの違和感がある。状況からして一連の流れに関係があることなのか。

 

 「初めまして。東雲更と申します」

 そして、更も立ち上がり会釈程度に頭を下げるのである。

 

 「これはこれは、態々六家の御息女がお越しになるとは!」


 これに対して、彼は正しく膝を折り、頭を下げる。


 「本来なら、家長直々に謝罪にお伺いしたいところでは御座いますが、何分多忙故、末女である私めにて、容赦願いたく思います」


 「勿体なきお言葉……」


 更が出てきたということで、逞真は折れるしかなかったし、腹に収めるしかなかった。


 そもそも、東雲家と不知火家とは、懇意であり、それは蛇草が出入りしていることから、逞真も理解している。


 そして、赤銅家は不知火家と、高峯家に人材を送っているが、家そのものは、鼬鼠家のようにどこかの家に深く関わっている訳ではない。

 よって、両家の家長が顔を揃える事はない。

 

 確かに、東雲家の令嬢ともなれば、六家に支える赤銅家としては、筋を通されたことになり、それ以上の不平を口にすることはなかった。

 

 「それでは、鋭児くん。オムライス!」

 「え?」

 「千霧から聞いたわよ?猛特訓してるんですって?」

 「え……ええ……まぁ」


 更は、鋭児の腕を引いて、部屋を出て行くのである。


 「あ!鋭児兄!」


 煌壮は、慌てながらぺこりと頭を下げて、出て行くのである。

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