第2章 第4部 第18話
二人は、遅いながらも、朝食を頂くことになる。
食事内容は、良くも悪くも、温泉旅館にありがちな、和洋折衷の膳であり、確かにちょっとした旅行気分は味わえる。おそらく賓客用の食事ではないだろうが、手軽さは兼ね備えつつも、贅沢は演出されているというものである。
これは、彼女たちが特に歓迎されていないという意味ではなく、あくまでも小旅行気分で寛いでいけるようにとの、心づくしである。
現に、こうして友人の灱炉環と二人きりであり、特に東雲家のメイドなり執事などが、二人の世話をすることも無く、自由に動くことが出来るようになっている。
あくまでも、別館内での話ではあるが――――。
灱炉環は、素直にその小旅行気分を味わうことが出来たが、煌壮はそうではなかった。
特に料理がまずいというわけではないし、浴衣の着心地もよい。扱いとしては最上級ではないものの、満足のいくレベルではあった。
「ものたりねぇ……」
それでも煌壮の出る一言はそれなのである。
「キラちゃん……」
それは失礼だし、どんな贅沢を求めているのか?と、それは完全に灱炉環の思い違いなのだが、口に出す一言では無いと、僅かに怪訝そうな顔をする。
「ああ、美味いよ?うん……」
煌壮は、一見やんちゃものであるが、食事そのものは、不知老人に躾けられているため、正座し、食事をする所作などは、思いのほか、きっちりとしている。
ただ、それは完全によそ行きの姿であり、オムライスを食べているときの彼女などは、もう少し元気のよいものだ。
思ったより、静かな食事になってしまったことは、灱炉環にとっても意外だったが、煌壮は至って冷静で、現に灱炉環のペースに合わせ、食事を済ませるのである。
友人を置いて、先に食事を済ませるほど、彼女は気が利かない人間ではないのだ。
「トロ子……かえろっか」
一休みする予定すら切り上げることにする煌壮だが。
煌壮にそう言われてしまうと、灱炉環はこくりと頷くしか無かった。おそらく鼬鼠も忙しいであろうし、彼とコーヒーを飲みながら、音楽を嗜む時間などは、学園に戻るまでは難しいのだろうと、彼女も思った。
だとすれば、邪魔にならないように、また自分の生活のリズムを取り戻すために、学園に戻る事の方が、正解であるという結論に至る。
煌壮は、別館のロビーで、こじつけ程度の予定を言い訳にして、その事を伝えると、意外なことに、二人の迎えと同時に、霞と蛇草が、二人を見送りに来た。
その頃には、煌壮は鋭児のお下がりである、いつもの服装になっていた。
「スミマセン。鋭児兄には、ちゃんと修行しろって言われてますので」
煌壮はぺこりと頭を下げる。
それならば、東雲家の施設を使えば良いと言い出しそうになった霞だったが、蛇草はそれを制止する。
「コホン……と、ところで煌壮さん……その服……」
「あ?これ?鋭児兄のお下がり。もう大分鋭児兄の匂いとれちゃったな……」
そうして襟元を口元に寄せて、クンクンと匂いを嗅ぐ煌壮に対して、蛇草がフルフルと、震えてうらやましそうにしている。
それを見て、霞はクスクスと笑ってしまうのである。
「えと……それから」
そして、煌壮が何かを思い出したように蛇草を見る。
「多分鋭児兄のことだから、もう言っているとおもいますが、焔姉のことは、気にしないでください。寧ろ二人は、葉草さんに感謝しています。鋭児兄、マジで蛇草さんのこと心配してるんで……元気ないって」
そう言われて、蛇草は、はっとした表情をして、堅さの残っていた表情を和らげさせるのである。その言葉がどれだけ彼女の救いになるのかと、側にいた霞も、先ほどのおかしそうな表情から、静かなものへと変化してゆく。
灱炉環には、その深い意味は理解出来なかったが、なんだか救われた表情をしている蛇草の表情を見て、自ずと彼女の表情も和らぎ、心の中が温かくなる。
「多分……また、鋭児兄の家に、みんなで遊びに行くので……またその時にでも」
そう言って煌壮はぺこりと頭を下げるのである。
こういった所は、極端に大人びた姿を見せる煌壮である。ただ、言葉は少し棒読み気味で、若干不慣れな様子は否めない。
そして、灱炉環は煌壮に合わせて頭を下げるのである。
それから、二人は迎えの車に乗り込むのである。
すると、その周南灱炉環が、ぎゅっと煌壮に抱きつくのである。
「へへ、そういうキラちゃん大好き!やっぱりそうだよね?」
「んだよ。トロ子!暑苦しい!」
「えへへへ!」
灱炉環は、自分が気に掛けていた煌壮明という一人の少女は、きっとそういう心根の少女ではないかと思っていた。
まるで隙の無い鉄条網のように、今にも誰かを傷つけてしまいそうなほど刺々しかった彼女だったが、自分の現状を素直に認めたその心境は、随分様変わりしていた。
そして、その束縛から解き放たれた今の彼女こそが、本来の姿なのだと、なんとなくではあるが、灱炉環は気がついていたし、心配もしていた。
そして、彼女の危惧していた煌壮は、そこにはおらず、それがとても嬉しかったのだ。
「さて……と、思わぬ伏兵にしてやられた……というところかな?」
それは霞にとっても嬉しいことであり、そして救われた気持ちでもあった。
「もう……」
蛇草は思わず、なんともニヤニヤとする霞の脇腹に、肘鉄を入れてしまうのである。
「イタタタ」
あまりにも図星であるし、意地悪である。
だが、蛇草の反撃を受けた霞の笑顔は、なんとも爽やかだった。
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