第2章 第4部 第8話

 そして、この戦闘をきっかけに、彼らを包囲する形で、続々と里の人間が集まり始めるのだ。

 自分たちの周囲に気配が集まりつつある事を、鼬鼠はすぐに知る。

 当然このことは鼬鼠も予想していたし、彼らは最初からそういう役割だったのだ。

 尋問という事も脳裏にはあったが、時間を掛ければ掛けるほど、新は切り刻まれてゆく。時間は無い。


 であるなら、自分たちを取り囲もうとする人間を手当たり次第倒すしかない。

 当然集落の規模なども解りはしない。

 状況としては最悪だ。


 「オレがやるよ。片づいたら突っ込む。鼬鼠さん達は、温存してて」


 鋭児が前に出る。


 「突っ込むっつてもな……」


 鼬鼠は一瞬あきれるのだが、それでもここは村の中心ではない、彼等が駆けつける方向で、なんとなくの方角はわかる。まずは集落の中央付近を目指せれば良い。

 進むのは道なりでよい。

 彼等の生活道が、そこに繋がるはずであると、鋭児は思った。

 都会のように、複雑に入り組んだ構造ではないはずで、家屋の大きさでも、その序列が自ずと解る。

 暗がりの中、煌々と光る鋭児の目は、周囲をよく見渡せていた。

 鋭児がそうするというのだから、鼬鼠は万が一のために構えはするが、警戒をするのは鋭児の視覚となる後方ということになる。


 「後ろは私が見ますね」


 鼬鼠が、鋭児を前方に押し出しつつ、後ろを見ると、すかさず灱炉環がそう言って背後を守るのだ。そして彼女は腰に下げていたバッグに手を掛けて、警戒をし始める。ただし、得意の防御壁は使わないようだ。

 鼬鼠を温存するという鋭児の考えに、彼女は行動で示すのだ。そうすると、鼬鼠の両サイドを秋山と乾風が固めるの。

 本当は鋭児と鼬鼠の二人で、敵を倒した方が早い。しかしその戦闘が何時間続くか解らない。

 「あんま、闇討ちってことはなさそうだな」

 鋭児は正面を見据えつつ。そう口にする。


 なぜなら、集落の人々は、鋭児が思っている、導線の向こうから、徒党を組みながら、じっくりと向かってくるからだ。

 「鼬鼠さん……」

 秋山は焦る。十数人どころではない。見えるだけでも百人は超えている。中には初老の者や、鋭児達と同年代の者達もいる。

 どうやら集落が一丸となっているようだ。

 

 集まりつつあるが、一斉に襲いかかるようなことはいが、彼等はじりじりと鋭児達との間合いを詰めてくる。


 鋭児がすこしだけ、背後の鼬鼠に視線を送ると、鼬鼠は頷くのだ。

 温存とはいったが、当然鋭児一人で前を押さえることが出来るわけではないし、結局のところは、鼬鼠が鋭児の後ろをカバーする形になる。

 鋭児は孤立しないよう、尚且つ鼬鼠との距離を開けないようにしなければならない。

 

 両者の間合いがある程度詰まったと思われたときだった。

 鋭児の周囲を数人が取り囲む。しかも一瞬にしてだ。ただそれでも鋭児には、余裕がある。

 人数としては三人が、まず正面と左右から攻撃を仕掛け、二人が後ろで控えている感じだ。

 鋭児の背後に回り込まないのは、後ろに鼬鼠がいるからだ。そして鼬鼠の周りには灱炉環達がいる。


 鋭児を押さえたと思った次の瞬間には、その左右をすり抜けるようにして、さらに数人が、鼬鼠達の周りを取り囲む。だがこちらは、少し距離を開けている。

 乾風と秋山を引き剥がすためだろう。

 そして、引き剥がした彼等に対して数的有利で攻めるつもりだ。

 

 ただ、彼等のその算段はすぐに崩れる事になる。


 なぜなら鋭児は、自分を取り囲んだ三人を、ボディーブロー一発ずつで、沈めてしまうからだ。

 技などは何も繰り出していない。

 単なる素早さと鋭さで、彼等の鳩尾を抉るように突き上げ、吹っ飛ばすのである。

 

 「……んだ……と!」


 意識をもうろうとさせつつ、その中の一人が、その信じがたい速度に、脅威を感じ、バックアップに回っていた、二人も思わずたじろいでしまうのだ。

 

 「あ~……忘れてたわ。そいつ、学園じゃ狂犬て呼ばれてんだわ。百人をワンパンで潰してんだよなぁ」


 鼬鼠は、ヘラヘラと笑い始める。その表情がなんとも狂気じみており、奇人を彷彿とさせる。


 尚且つ、闇をに集中するために、赤く煌めいた鋭児の目が、血に飢えた野獣を思わせるのだ。

 それにしても、百人は盛りすぎだと鋭児は思う。

 せいぜい十数人だ。


 それが鼬鼠のハッタリであることくらいは、乾風も秋山も理解しているが、灱炉環は若干引き気味になってしまっている。

 

 「怯むな!まだ子共だ!」

 子共だと言っても、鋭児が高校生くらいであろうことは、彼等も理解している。

 しかし、そんな会話をしていた、バックアップの二人も、鋭児に沈められてしまう。そして、鋭児が一歩進むと、鼬鼠も一歩進むのである。


 それに併せて、灱炉環達も一歩進むのだった。


 「そういや、ここんところ多対一なんて喧嘩してなかったな」


 鋭児は別に喧嘩が好きなわけではない。ただ、徒党を組まれ挑まれることが多い。彼を疎む人間は、何かと多かったのだ。


 勿論無傷だと言う訳ではないが、それでも鋭児は負け無しである。

 ついつい、そんな中学生時代の事を思い出してしまう。ただ此度は、新を助けるという、重大な名目がある。


 「邪魔するなら、全員伸す」


 鋭児がさらに数歩前に出ると、それ以上は引けないのか、集落中の男共が、鋭児に襲いかかるのであった。

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