第2章 第4部 第9話

 そして、鼬鼠達の後ろを守る灱炉環も、後方から攻めてくる者達を、気弾で牽制している。


 額に直撃すれば、意識が眩む程度の威力で、それを打ち続けているのだ。


 「メガネ、バテたら言え」

 「大丈夫です!それより、せめて戦闘不能にしないと!」


 どうやら、灱炉環にはその覚悟があるようだ。


 「やめとけ。黒野だって、手加減してんだ。わかんだろ?」

 「ア……あれで、手加減なんですね」


 手加減とは、重傷に追い込まないと言うことである。鋭児も鳩尾に拳をねじ込みはしたが、肋骨が折れるようなダメージは与えていない。


 せいぜい、数秒間呼吸が止まり、動けなくなる程度のダメージなのだ。よって、しばらくすると彼等は立ち上がり、ダメージを回復したのち、再び戦列に加わるのだ。


 「けど、新様が……」


 秋山達は、そのことが気がかりになっている。

 勿論鼬鼠もそれを気にしていないわけではない。当然ジレンマはある。


 「黒野!殺すな!頭目の命令だ!!」

 「解ってますよ!」


 そもそも殺す気などない。勿論殺しなどしたことはない。鋭児に出来るのは、せいぜい喧嘩相手を伸すだけのことだ。


 ただ、腕の一本くらいは折っておきたいところではある。

 しかし、これだけの人数の骨をへし折って回るのも、常軌を逸している。治療の状況によっては、当然後遺症の残る者も現れかねない。


 しかし、新はすでに片手の指を失っている状況だ。


 それでも、耐えなければならないストレスは相当、鋭児達の負担になっている。それでも前には進んでいる。


 ただそうなると、最後尾を守る灱炉環の負担が大きくなるのだ。


 「おい!さっさとしねぇと、闘技場の時みたいに、テメェを切り刻むぞ!」


 元々気の短い性格の鼬鼠ではあるが、妙に口うるさく感じる鋭児は、一瞬舌打ちをする。が、その言い回しの不自然さに、すぐ気がつく。


 鋭児が切り刻まれた闘技場の経験で言えば、静音の身柄を掛けた、あの試合だ。

 

 アレの準備をしていたのかと、鋭児はその場から離脱するため、一気に上空へと逃れる。

 本来なら、それは悪手である。いくら鋭児の跳躍力が尋常ではなくとも、彼は飛翔出来る訳ではない。

 せいぜい数秒から、数十秒が限界だ。

 

 一件苦し紛れに上空に逃れたように見える鋭児に対して、村人は構え、次々に星を描く、そして、鋭児に対して一斉射撃を行おうとした瞬間、鼬鼠がタクトを振るうように、右手を空に掲げ、一気に振り降ろすのだった。

 

 次の瞬間、鋭児がすり抜けた上空で、小さな六芒星が輝き出す。

 鋭児が切り刻まれたときは、三点であったことから、その威力は当時の比ではない。あのときの鼬鼠は不調であったし、今の彼も、当時の実力とは比べものにならない。

 

 まさか、本当に村人を切り刻んでしまうのかと思った鋭児だが、どうやら放たれたのは、大量の気弾であり、それは次々に彼等へと直撃する。

 そして鋭児は、村人が気後れた僅かな時間で、鳳輪脚の構えに入る。

 そして、混乱している彼等のど真ん中に、炎の鳥を落とすのだ。

 

 その衝突で、にわかに衝撃波が生まれ、村人達は戦き、肝を冷やす。誰も巻き込まれていないことを知ると、安心した様子を見せる。

 村の結束なのか、戦闘中に見せるには、少し意識の低さを感じる光景でもある。

 そして、若干戦意を削がれた様子で、彼はさらに一歩二歩と、退き始めるのだ。

 「黒野後ろだ!メガネ、前出ろ!」

 「はい!」

 灱炉環が鼬鼠の少し前に出ると、鋭児は先ほどまで灱炉環のいた位置に入り、鼬鼠の背中を守る。

 そして、灱炉環は、腰に下げているポシェットのなかから、金融機関から下ろされたばかりの、束にされた十円玉硬貨を取り出す。

 そして、彼女は束にされたままのそれを両手で持ち、右手の親指で、一枚はじき出すのだ。

 はじかれた十円玉は、光弾となり、最前列の村人の足下に刺さるのである。

 地面に突き刺さった十円玉は、熱を帯びており、なお鈍く光っている。

 「本気です。怪我しますから」


 まるで銃弾だ。


 「へぇ……」


 鼬鼠は関心する。煌壮が彼女をトロ子と呼ぶように、普段はおっとりとしているが、戦闘に入ると、彼女はなかなか頼もしい。柔和な彼女の表情も引き締まっており、自分のすべきことをよく弁えている。


 一方鋭児の役割はというと、鳳輪脚で見せたその威圧感で、敵を近づけさせないことである。

 

 「やれやれ、なっちゃいないな……」


 戦く村人の後ろから、一人の男声が聞こえる。


 「つらねさん」


 彼の身長は、二メートル近い。体幅もあり、非常に筋肉質だ。髪の毛の色は、若干緑がかっている。


 顔つきも勇ましく鰓が張っており、その表情も非常に自信に満ちている。


 着衣に関しては、普通の衣服で、特に何か特別な地位を醸し出しているわけではない。それでも村人は彼に一目を置いているようだ。


 「悪いね……」


 彼より年配であろう男性が、少し嗄れて疲れた声で、彼に申し訳なさそうにする。

 そして、そんな彼を気遣うようにして、彼は笑みをこぼして、村人を退かせる。


 「さて、そろそろもう一時間経つかな?」


 その言葉に、鼬鼠と鋭児は戦慄する。理解はしている。しかし時間の経過は残酷なほど、着実にやってくるのだ。


 「おおう……すごい殺気だな。兄ちゃん達……」


 それでも連は、余裕の表情を見せながら、鋭児達の距離を保つ。それは、戦闘の間合いではない。そして、今のは間違い無く鋭児達への挑発である。


 「これがカタついたら、テメェら全員片手差し出してもらうからな」


 鼬鼠がひと睨みする。

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