第2章 第4部 第6話

 「そろそろ、五時間になるなぁ。可愛そうに、残りの一本もこれでお別れだな。ははは」

 嗄れて乾いた冷酷な声が一方的に、それを蛇草に伝えるのである。

 「ン~~ん~~!!!」

 そして、猿ぐつわがされているためか、ただ藻掻くように泣き叫ぶ新のこもった声が聞こえる。

 「じゃ……いきますか……」

 「まって!新!新!」

 「んーー!!ん~~!!」

 必死で抵抗している新の声がだが、その直後何かが振り落とされる音が聞こえ、明らかに肉と骨が絶たれ、砕ける音が聞こえ、通話はそこで切られてしまう。

 「ああ……そんな!」

 蛇草は、まるで我がことのように、心が苦しくなり、しゃがみ混み、携帯電話を胸に抱えて、跪き、涙を流して歯を食いしばる。

 

 「姉貴……何が」

 「厚手の刃物で……肉と骨を絶つ音が!ああ……」

 その光景を想像するだけで、一同はゾッとする。だとすると、新は猿ぐつわをされたまま、指を一本ずつ切断されていることになる。

 

 それから、三十分ほど時間が流れ、煌壮がが戻って来る。

 小柄な彼女は、身軽に木々を渡り、まるで忍者のごとく戻って来るのだ。微かに揺れ動き、軋む枝葉の音で、その気配が漸く理解出来るほどの、静けさだ。

 「水!はぁはぁ」

 煌壮は、少し疲れている様子だ。そして、若干蹌踉めいたとことを、鋭児に支えられるが、彼女の体には熱が籠もっている。

 「大丈夫か?」

 煌壮は、覚醒痣発現の影響で、万全な体調ではない。

 「ダイジョウブ。だいぶ飛ばしてきたから……はぁ……」

 少しして千霧が、水の入ったペットボトルを煌壮に手渡す。

 「サンキュー」

 煌壮は、水をぐいっと飲み干すと、額の汗をぬぐいながら、スマートフォンを取り出す。そして、彼女は、画面の明るさを上げるのだ。そして開いたマップに、一つの場所にピンを打って帰ってきている。

 「多分ココ。地図にない私道があって、この先に明かりがポツポツ見える。奥は、ザワついて殺気だってた。警戒網のために、集落を囲うように、一定間隔で能力者の気配があった。はぁ……」

 よほど飛ばしてきたようだ。

 鼬鼠と鋭児が、煌壮のスマートフォンをのぞき込むのである。

 「じゃぁいきましょう!」

 蛇草は何時になく焦りを見せている。当然だと言えばそうだが、今の蛇草は冷静さを欠いており、指揮を執らせるには、心許ない。

 「だめだ、姉貴と千霧さんは、ここで待機。チビザルオマエも、呼吸を整えとけ。オレと黒野、乾風、秋山、灱炉環オマエがどれだけの防御かしらねぇが、乾風達と距離を置くな」

 「翔!」

 「ち……なんだよ」

 「殺してはダメよ。いい!?」

 「解ってるよ。このお人好し……」

 鼬鼠がざっくりと布陣を決める間に鋭児は、煌壮とポイントの共有をしている。そして、それを鼬鼠と確認するのだった。

 

 「煌壮。葉草さんが落ち着いたら、先陣頼むな」

 「任せとけ!」

 煌壮は、少々草臥れながらも、親指を立てて、やんちゃな笑顔を見せる。

 それから鋭児は千霧と視線を交わし、頷きあうのである。

 

 そして、鋭児達はおそらく最短距離であろう、森の中に身を投じる。

 彼らの移動は、煌壮のように物音に気遣ったものではない。何故なら、彼らは一つのゲームをしているからだ。

 それは自分たちの居場所に鋭児達がたどり着くまで、人体をパーツ単位で切り落とすという、常軌を逸した猟奇的なものだ。

 

 領分を侵したのは、間違い無く新である。

 彼らは新を客人として歓迎しなかった。彼女の傍らには雲林院がついているはずであり、彼が防衛のために、里の人間を手に掛けていれば、それはもう取り返しのつかない事であり、新もろとも殺されていても不思議ではない。

 だが、曲がりなりにも新が生かされているということは、奪還の手段はあるかもしれない。

 

 ある程度、進行したところで、鼬鼠が制止を要求する。

 「まぁこれだけ雑に動けば、悟られちゃいるだろうがな……」

 「どのみち、警戒されてんなら、一緒でしょ……」

 携帯電話の電波が届くエリアとなっている。となると、彼らは満更社会と途絶した生活を送っているわけではない。余裕があれば集落のまでの道程を見てくるべきだったが、そもそもそんな余裕はない。

 「鼬鼠さん……どうするんすか?」

 そう聞いてきたのは秋山である。

 彼らが何を望んでいるのかが解らない。ゲームを演じる真の目的だ。

 「殺しはしねぇ……が……」

 鼬鼠は蛇草との約束を前提に持ち出す。

 「最悪。新様は見捨てる」

 冷酷な決断である。本来助けるべき対象ではあるのだ。しかし鼬鼠が、恐れたのはそれ以上の、出血だ。

 新を守るために、自分を含めた五人、最悪蛇草達を含め優秀な人材の損失を天秤に掛けた場合、どう考えても釣り合わないのである。

 何せ現当主の東雲霞が健在である以上第三位である新が死しても、家が途切れるわけではないし、更もいる。

 仮に霞に万一の事があったとしても、不本意ながら美逆もいる。

 「だが、解ってるよな?そんときゃ……」

 「解りました……」

 殺しはしない。これは現頭目である蛇草からの絶対命令である。だが再起不能にするなとは言われていない。新と同じ痛みの代償は、全員に払ってもらう。

 そして鋭児はそれに忠実に頷くのである。

 何故そうしなければならないのかは、鋭児にはよく解っていた。なまじ手傷を負わせるだけでは、相手の憎悪が勝る限り、延々と争うことになる。

 その残虐性を鋭児は静かに受け入れるのである。

 「ふ……テメェはやっぱ、キモが座ってんな……」

 鼬鼠はここに来て妙なおかしさがこみ上げてきた。そんな命令を下している鼬鼠は、それでもまだ十八の誕生日を迎えてはいない。だが、その覚悟だけは常に腹に据えようと日々思っている。そして一つ下の鋭児は、そんな自分のをすんなりと呑み込むのだ。

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