第2章 第4部 第4話

 そのとき、テーブルの上に置かれていた鼬鼠のスマートフォンが、バイブレーションと同時に、シックスティーンビートのデスメタルなバッキングギターが旋律を奏でる。

 「あ?姉貴?っっっはぁぁぁぁ!?」

 思わず声がヒックリ帰ってしまう鼬鼠である。

 「あの人……何やらかし……クソが!」

 それから、鼬鼠は一度携帯電話を切る。

 「おい!黒野!新さんが、やらかしたってよ。ああ、里踏み荒らして、拘束されたらしくってよ。ああ、今すぐだよ!惚けてる場合じゃねぇからな!家いくぞ!」

 鼬鼠はそう言って、急いで電話を切るが、どのみち彼は迎えが来るのを待たなければならない。距離的な面から考えると、鋭児が先で、自分が遠い位置になるだろう

 

 「風皇様!」

 「ああ!?」

 苛立った鼬鼠の声だが。灱炉環はそれに動じず、真剣な眼差しで、鼬鼠をじっと見つめている。

 「同行します」

 「は?」

 「お伴……させてください……」

 先ほどまで遠慮がちで愛嬌を振る巻いていた灱炉環だというのに、何かを決心、いや思い詰めた表情をしている。

 「バカか。これは東雲家の問題だ。大体……」

 「構いません……。最悪切り捨てて頂いても……」

 見上げるその瞳は揺れている。だが決意は固い。フィーリングが合うと言うことは、自ずと彼女の頑なさも理解できようものだ。

 だからといって、彼女との縁に関しては、譬え壊れたとしても、自分に対して何のデメリットにもならないと鼬鼠は即断しようとする。

 

 そう思った瞬間、手に持っているスマートフォンが震えだし、今度は平凡な受信音が鳴る。

 「ああ!?んだよ。黒野か。は!?連れてけ?魔女が?」

 その瞬間、誰の天の助けかと、灱炉環の表情が普段通りに明るいものとなる。

 それにしても絶妙なタイミングだ。恐ろしすぎるタイミングである。

 

 アリスの決断が、運命を左右する。そなことは、学園で彼女を知るものなら、誰もが理解していることだ。それ一つで、運命すらも変えてしまうほどに、重要な天啓ともいえる。

 よって、彼女の金言を授かるために、数億を積もうとする者もいるが、彼女は誰かを不幸にするための、啓示は一切示さない。

 闇を司る彼女が、誰よりも人の幸せを願っているとは滑稽極まりないのかもしれないが、それだけに彼女が、こうして損得無く発する言葉は、何よりも希少で貴重なものだといえる。

 これを断れば、寧ろ蛇草に叱責されかねない。

 その啓示がどこに降り注ぐかは解らない。鼬鼠家のためになるのか、東雲家になるのか、それとも鼬鼠自身のためになるのか――。

 鼬鼠は苛立ちながら電話を切る。

 

 「ち……。赤銅家……だったか?」

 鼬鼠は、蛇草に連絡を入れようとするのだが、それを灱炉環は、鼬鼠の腕に手を掛けて、件名に首を横に振る。

 懇願するように、鼬鼠を凝視して、見つめ上げるのだ。

 

 つまりこうだ。古くから六家に関わる家柄の娘を断りなしに、連れ回せとそういうことである。それも鼬鼠の責任においてだ。

 こんな頭の痛い話はない。

 鋭児の場合は良かったのだ。

 彼はどこの家の者でもないし、彼自身天涯孤独である。

 あの時点では、親戚こそいるものの、学園内で消息不明になったとしても、誰も困りはしなかったからだ。

 一度戦っているだけに、ポテンシャルの高さは実感していた。

 そして皮肉にも今では片腕になろうとしている。

 

 「解った!解ったよ!頭目としての度量見せろってんだろ!」

 それは鼬鼠のズレた解釈ではあったのだが、確かに風皇としての地位を得た鼬鼠にとって、それは上らなければならないステップの一つではあった。

 おそらく数年内に、蛇草は退くだろう。そのときに自分が上に立てる人間になっておかなくてはならない。

 しかしどう考えても、それとこれとは別の問題なのである。

 人選眼と、礼節。

 全く別の事柄を一色単にしている時点で、鼬鼠は思考停止に陥っているといえるが、動かないのは悪手である。

 

 「行くぞ!」

 鼬鼠は、コンポの電源を落とし、服装も構わず、部屋のドアまで足を運び、扉を開いたのだ。

 すると、そこには秋山と乾風がいる。

 「あ?」

 

 「鼬鼠さん……俺たち……も」

 「ち……解ったよ。テメェらは、腐れ縁だ……来い」

 これは完全に破れかぶれである。ただ、彼らとの縁は、中等部であり悪さで連んでいた事はあるが、これほど真剣な場面で彼らと関わる事があるとは思わなかった。

 ただ、なまじレベルが高いが故に、彼らはそのポジションに甘んじており、彼らはこれからの事を考えてはいなかったのだ。

 それは鼬鼠も同様だった。

 しかし、黒野鋭児という存在が、現れたことで、彼らの関係も徐々に変わりつつあった。

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