第2章 第4部 第2話
鋭児は気後れしながらも、煌壮の横に座り、彼女の頭を焔と同じように撫でると、煌壮は、鋭児に抱きついて、涙いっぱいの顔を、鋭児の胸にぐりぐりと押し当てるのである。
当然涙だけの話ではくなってしまい、鋭児は参ってしまうが、こればかりは少々付き合ってやらねばなるまいと思うのだ。
「てか、オレも着替えなきゃなんだけどな……」
煌壮は、一通り泣き終えると、すっきりした様子で、顔を上げて、一呼吸するが、正直酷い有様だ。
「顔洗ってくる……」
そう言って、軽く飛び降りるようにして、ベッドから離れる。
そして鋭児もシャワーに向かうのである。
バスの車中。
気持ち的に少し落ち着いた煌壮だが、やはり背中の熱で、頭がぼんやりとするらしい。
そして確かに彼女の体温は平温より俄に高いのだ。
「アッチについたら、すぐ飯って訳でもねぇから、ちゃんと見てもらえよ」
「うん……」
鋭児を挟んでの、焔と煌壮の会話である。
鋭児には実感のなかったことだが、焔も煌壮も、こんな世界で過ごしてきたのだ。
だから、自分がどこに到達出来るかということは、彼女たちにとって非常に重要な問題であり、ある意味生命線でもあるのだ。
勿論、そんなことがなくとも、煌壮は不知火老人に愛されるだろうし、彼女もそれは理解していることだが、彼女の価値としては、そういうわけにはいかないのだ。
焔はすでにそれを手に入れているし、勿論覚醒痣を持たない人間でも、属性焼けを発している者達であれば、ある程度上位の存在となれる。
つまり一流にはなれるのだ。
そういった意味では、煌壮もまた一流になれる能力を持ち合わせている。
だが、その一つ上のを行くことは出来ない。満足しなければならないのだ。
「覚醒痣ってのは、大体こんくらいの時期に出るモンなんだよ」
「へぇ……」
「オマエの時は、まぁ色々在りすぎて、背中が熱いだの、ぼうっとしてるだの、言ってられなかっただろうけどな」
「はは、まぁ」
「結果論だけど、ソイツも追い込まれて、そうなったってのは、確かだな」
煌壮が追い込まれたというのは、やはり入学初日からの、連戦に次ぐ連戦である。煌壮は事実膝を痛めるまで、それに耐え抜いたのである。
皮肉だが、それが彼女のリミットを一つ外すことに繋がったのだろう。
鋭児達の座っているのばバスの最後部の座席であり、煌壮は案の定、鋭児の膝の上に体を擡げている。そんな煌壮の背中を鋭児が撫でているのだ。
「多分形になり始めたってなら、明日の朝には治まるんじゃねぇかな」
それは焔の経験上の話なのだろう。
「でも尾の陰影が完全じゃなかったすよね」
「まぁ……心配すんな」
「はい」
鋭児達が和気藹々と、祝勝会を行っている頃だった。
鼬鼠は一人で、じっくりと趣味の音楽を聴きながら、少し機嫌良く鼻歌を歌っていた。
乗っているときはデスメタルなどでもいいが、落ち着いているときは、スローバラードもよい。
分厚く歪んだディストーションギターのソロが、その歪みにより、嗄れて潰れたような鳴き声を上げる瞬間などは、胸にぐっとくるものがある。
彼にとって、自身が思うより少し早い風皇という地位だったし、悔しさが無いわけでもない。だが、それでも風雅に認められたということそのものは、彼にとっての自信になっていた。
実は、彼も鋭児に誘われていたのだが、彼自身そういう性分ではないし、鼬鼠家の長男として、また風皇としては、当たり前の事であり、自重したというところだ。
それでも、自分が非常に調子が良いことは確かで、彼自身納得の行く、試合運びだった。
そんな時だった。
彼の携帯にメールが入るのだ。
「んだよ」
気持ちよく音楽に身を浸していたというのに、それを邪魔する者は、正直今にも切り刻んででしまいたい心境になるが、メールにはメガネと登録されている。
「ち……」
鼬鼠は、仕方なく部屋の扉に向かい、扉を開けるのである。
すると、少し緊張し、上目使いの彼女が、自分の機嫌を伺っているのが解る。
灱炉環である。
「入れよ」
「はい」
それでも鼬鼠は、灱炉環を迎え入れるのである。なぜなら彼女とは音楽性が合うからだ。気に入らないのは、来るならアポイントメントの一つくらいとっておくべきだろうと思ったからで、だとしたら、雰囲気を壊されずに済んだのだ。
そんな灱炉環の服装は、白いTシャツに、オーバーオールとなんとも野暮ったい服装であり、顔を出すにももう少し気の利いた服装があるだろうと思う鼬鼠であった。
彼女は普段から、あまり飾らない服装をする。
静音も飾らない服装ではあるのだが、そのあたりはやはり気を遣う事を知っているのだ。彼女は清楚で、慎ましやかでそれでいて着こなしがスマートなのである。
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