第2章 第4部
第2章 第4部 第1話
鋭児と焔は、炎皇の間へと戻る。
そんな二人は、それと無しに良い雰囲気だった。ただ、部屋に戻り、ベッドのある自室へと入ったとき、そんな二人が真っ先に目にしたのは、ベッドに腰をかけて、どんよりと目を座らせた、ジャージ姿の煌壮だった。
ジャージは、鋭児のものを無理矢理自分のものにした、彼女がいつも鋭児にマッサージなどを受けているときのものだ。
普段と違っている部分を挙げれば、ツインテールではなく、髪を下ろしているところだ。
そういうときは、シャワーを浴びた後の事なのだが――――。
「おせぇ……」
おそらく鋭児を待ち侘びたと言ったところなのだろう。
ただ、下ろした髪の毛の質感から見て、シャワーから戻ってそれほど時間が経っているようにも思えない。
「んだよ。焔姉、わざわざこっち顔出したのかよ」
煌壮は、不機嫌そうな表情のまま、仲睦まじく腕組みをしている二人を、ジットリとした視線で見つめるのである。
「悪い悪い。美箏の事で、ちょっと連絡約がほしくてオレが無理言ったんだ」
そして謝るのは鋭児である。
煌壮がここ数日、なんとなくこの時間を楽しみにしていてくれているのは、鋭児も理解していたことであり、それを待たせたことで、煌壮が機嫌を損ねてしまったのだと思ったのだ。
「あ……そ」
煌壮の淡泊な返事である。
しかし、駄駄を捏ねるでもなく、煌壮はベッドの上に腰を掛けたままなのだ。
「そう拗ねるなよ。ちょっとオマエの兄ちゃん借りただけだろ?」
それは、完全に冷やかしと若干の嫌みを込めた、煌壮へのからかいの言葉である。
「そんなんじゃねぇよ。なんか試合終わってから、ホッとしたのか、背中が熱っぽくてダリィんだよ。鋭児兄に摩ってもらいたくてさ……」
「ああ……」
鋭児と焔は同時にそう答える。
煌壮が背中に熱を感じるのは覚醒痣が現れる直前だからだ。
「悪かったな」
「うん……」
そんな返事ま、まるで眠気を我慢してる子共のように、無愛想だが許せる返事である。
そう言って、煌壮はうつ伏せになって、ベッドに横たわる。
だが、確かにこれまでも、彼女が背中をむずがる事はあったが、今日のそれは若干酷い様子である。
「ん~?」
それは、流石に焔も妙だと思った。
そして鋭児よりも早く煌壮に近づいて、徐に煌壮のジャージを捲り上げるのだ。
当然煌壮の背中は丸出しになってしまう。
「ちょ!焔姉!」
流石に鋭児の前で、それはないと思い慌て蓋めく煌壮は、前までめくられないうちに、しっかり脇を固めてガードする。流石に意識がどんよりとしている煌壮の目も覚めてしまうと言うものだ。
「な!何してんだよ!」
鋭児もそう言って、慌てて背中を見せる。
「バーカ。テメェ面倒見るなら、背中くらいちゃんと確認してやれよ」
焔は、服を捲り上げたまま、鋭児にそれを促す。
「せな……か?」
「ああ、ほれ」
鋭児は、そっと振り返りながら、耳まで真っ赤にして、枕に顔を埋めている煌壮のきれいで華奢な背中を見る。
「焔姉!ハズい!」
「我慢しろって!」
「うう!」
「ああ……」
恥ずかしがる煌壮をよそに、鋭児は感嘆のこもった、返事をする。
「これ、結構エグいだろ?」
「そう……すね」
焔と鋭児の捉え方は少し違ったのかもしれないが、それでもその意味はほぼ一致してしまうのだ。
「え?ヘンなの?え?!」
煌壮は窮屈そうに、そして不安そうに自分の背中を繁々と見つめる、二人の表情を伺うのだ。
そんな煌壮の表情を見てしまうと、焔は若干意地悪をしてしまいそうになるのだが、彼女はスマートフォンを取り出し、煌壮の背中を撮影すると、その画像を鋭児にスマートフォンに転送するのである。
「ああ……」
それを伝えるのは、鋭児の役割であると、焔は言いたいのだ。
そういえば、自分の鳳凰を最初に見たのも焔だった、鋭児は思い出す。
煌壮は衣服の前を押さえながらゆっくりと起き上がり、鋭児が見せたスマートフォンの画像を二人で確認する。
「九尾……だ」
それもまた、伝説の神獣である。
九本の尾を、威勢良く降り広げ、鋭く低く構えた、雄々しい九尾の姿がそこにある。
ただ、色合いはまだ若干浅く、特に尾の部分は、はっきり見て取れるのは、一本であり、他の八本は、まだまだ色合いが薄い。
「まぁまだまだこれから……って所だな」
焔の評価はそうであるが、逆に言えばこれからの糊代は十分にあるということだ。
「ふぇ……」
それでも、煌壮は急に泣き始めるのである。
前回は、飛び跳ねて喜んでいたというのに、今回はベッドの上で、腰を落としたまま、臆面も無く泣き始めるのだ。
「おい……煌壮……」
流石に鋭児はオロオロと、慌てふためきはじめるが、焔はそれをみて、ふっと息を漏らして微笑むのである。
「まぁオマエここんところ伸び悩んでたもんな」
焔はそれを知っている。そうして煌壮の頭をクシャリと撫でる。
大きな期待値が現実になったことに、彼女は安心したのだ。自分が本物になりつつある証拠がそこにある。
そして、焔は鋭児を肘でつつくのだ。
兄貴分としてしてやれることがあるだろうというわけだ。
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