第2章 第2部 最終話

 「良い作戦だったわね。格闘で二枚、先行させて術で一枚。そして私の集中力を乱している間に、大地系二人で、重力拘束。私が強いと見越しての立ち回り。誰が考えたのかしら?」

 「お……オレだ」

 ノブは、アリスと対峙しているが、それはまるで蛇に睨まれた蛙のようだった。アリスはあえて殺さずに、彼等を活かしている。そうして尚勝てる余裕があるのだ。そして疲れ一つ見せていない。

 「以外と素直ね」

 ただ、アリスの目も口も一切笑っていない。非常に冷徹さだけが見て取れる眼光が、ノブを釘付けにして離さない。

 

 「でも、それすらもお膳立てってことで、いいのよね?」

 アリスは、社を背にして、左側を見る。

 

 「はぁ……」

 面倒そうに相溜息をつきながら、なんとも苦々しい表情をして、姿を現したのは、あの黒羽だ。しがない自由人を気取った赤羽は、無精ひげも剃らずに、手入れの届いて居ない頭髪を、ボリボリと掻きながら、まるで戦意を見せる様子もなく、緊張感のない様子で、アリス達に近づいてくるのだ。

 

 それでも彼は、在る一定距離から、アリスに近寄ることはしない。

 アリスとしては、それ程度の距離など無意味なものだが、彼は間違い無くアリスとの必殺の間合いを嫌ったのだ。

 言い換えれば、その距離を取っていれば、アリスに殺されることはないということだ。

 「何やってんの、お前等……」

 そして、黒羽くろばねはノブの方を見る。

 「黒羽さん……」

 「バカ。構え解くなよ……はぁ……」

 黒羽はノブにそう言うと、もう一つ溜息をつく。そして、指示されてから、ノブはもう一度アリスに構えを取る。

 「流石、学園の魔女様……その若さでこれとは……ねぇ」

 黒羽は、薄暗い陰に籠もった笑みをアリスに向けるが、口元は強者に出会えて、肌が粟立つほどの嬉しさを隠しきれず、ニヤついている。

 

 魔女。

 千霧が時折口を滑らせていた言葉だ。

 

 アリスは、自分が知られている事に、差ほど驚きはしない。何故なら、属性戦などの情報は、映像化されてり、そういった情報が外部に漏れる事などは、想像に難くないからだ。

 また、学園の力を誇示し、その情報をあえて外部に漏らすことで、力の差を知らしめているのだ。

 学園には六人の皇がおり、その一人が黒夢アリスであるということは、黒羽も知っている。

 

 「随分回りくどいのね、黒羽さん?」

 アリスが、黒羽の生を知っている。だが、黒羽もそれに対して驚きはしない。鋭児が自分の名を知っているということは、当然学園側も自分の存在を知っていることとなり、彼女が自分を知っていることは、当然と言えた。

 それに、アリスは鋭児達とこの町にやってきている。

 

 「まぁ……大人の事情っていうの?なんていうか、今日が吉日だからさぁ」

 のらりくらりとした気怠いしゃべり方で、不適に笑う黒羽。それでいて、警戒は一切解いていない。だからアリスも仕掛けはしない。

 黒羽に意識を集中している中、ノブが一つ歩を進めようとした瞬間、黒羽は一瞬彼に目を向け、アイコンタクトを取る。

 というよりか、明らかに制止をした様子で、ノブがそれ以上足を進めるのを止める。

 

 「アンタ、賢い女だな。それに美人と来た。それにいいねぇ。美人の凜々しい立ち姿ってのは」

 黒羽は、アリスの足先から顔に至るまで、一度ゆっくりと見回す。そしてその時に、彼女の後ろにかくまわれている美箏を見やるのを忘れない。

 「無駄口はおよしなさい。なぜ美箏を狙うのかしら?」

 「って、スカウトだよ!お宅等学園もやってるだろ?」

 「私は学生。それは学園に直接聞くのね」

 「直接っつったって。先生今年はどんな生徒が集まったんですか?なんて、敵対勢力にニコニコして、情報くれないでしょ?何処の仲良し先生達だよ」

 黒羽の中では、高校野球の監督同士が、練習試合前に何となく談笑している情景を思い浮かべる。

 

 「そう、でも無理よ。美箏は貴方たちに恐怖心を抱いているわ。それに、こんな誘拐紛いな事、許されると思って?」

 「仕方が無いだろう。俺たちには、お宅等みたいに立派な建前がないんだ。学園、国、要人、環境。国代わりを果たしたときから、俺たちの居場所はなくなりつつある。お家再興もままならないって、お舘様も随分嘆いておられる」

 「その割には、あまり悲壮感は見受けられないようだけど?」

 黒羽の目的は、美箏のはずだが、抑もこの状況が明らかに不自然で、何故美箏が一人の時に決行しなかったのか?謎は深まるばかりである。そのチャンスはいくらでもあったはずだ。

 そもそも、そんな予感がしていれば、アリスももっと注意を払っていた。

 「言ったろう?今日は吉日なんだ。オレはゲンを担ぐんだよ」

 赤羽は、相も変わらずニヤニヤとしている。赤羽の理屈は、アリスには解らない。

 「でも、失敗は失敗。美箏は貴方に付いていかないし、攫うことも出来ないわ」

 それはアリスが、美箏の未来を見たと言うことである。何も現実的に現在進行形の今を口にしたわけではない。黒羽はその事を大きく勘違いをしていたが、動じる様子はなかった。

 

 

 そして、もう一度不適に笑う。

 

 「だが、まぁ……時間稼ぎは、オレの方が一歩上だったってことかな?」

 そう言って、黒羽は片手で胴を握れるほどの、一体の木偶人形を懐から取り出し、その右腕を持ち上げる。

 すると、アリスの右腕も自然に持ち上がり、黒羽はその腕をあらぬ方向に捻るのである。

 

 そして、アリスの腕も人形と同じように、関節の意図しない方向へとねじ曲がり、肘と肩の関節がちぎれ砕ける音がするのだった。

 アリスの意識は眩み、膝を突き、右腕を力なく下げるのであった。

 

 「アリス姉さん!」

 美箏は叫び、アリスの背中に縋るのだった。

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る