第2章 第2部 第21話
今は彼女の背中だけが、頼りなのだ。
彼女は自分の目の前で、暴漢をあっというまに、倒してしまっている。
「じゃぁちょっと、痛い目見て貰うしか……ないよね!」
男は鋭く右手を下から上へと振り上げ、それと同時にアリスが僅かに首を傾ける。
そして、僅かに彼女の頭髪が風に靡いて、流れ去るのだ。
「最低ね。女の顔に刃を向けるなんて……」
アリスは冷静だ。驚きもしない。
「ホント、ノブって最低だよね」
と、後ろで女子二人が、彼を軽く罵るのである。
「うっせ!ヤエ!ちょっと髪の毛飛ばしてやっただけだろ!」
ノブと呼ばれるその男は、余裕を持っているのか、後ろでひそひそ話をする女子のうち一人に、苛立った言葉を吐き捨てる。
まずは風使いが一人。
アリスはその現状を確認する。ただ、彼等は直ぐに何かを仕掛けてくる訳ではないようだ。それもそのはずで、アリスが気配を察していた時点で、不意打ちの選択肢はなくなっており、互いの力の分析をしなければならない。
アリスの方は、闇属性であるということは理解されているようだが、その実力までは悟られていない。
いや、警戒されている時点で、ある程度は知られているのかもしれない。
だからこそ、彼等は強襲を選ばないのだろう。何らかの形で、美箏を奪取するということが目的の一つで、自分がその障害になっているということなのだと、アリスは理解する。
「おい。チヨ!」
「いや、ムリゲー。あの女、糸一本通さないんだもん!」
ヤエと共に、ノブを最低扱いしていたもう一人はヤエといい、恐らくこの中でノブという男がリーダー格なのろうと察することが出来る。
「おい!ゲン!」
「解ったよ。うるせぇな!」
ノブは、もう一人の男に命令をする。すると、彼は素早くアリスの眼前に飛び込み、彼女を殴ろうとする。指先には炎を纏っており、彼が炎の能力者だと言うことが解る。
ただ、アリスは自らの手でそれを受ける事は無い。
何故なら、アリスの目の前にもう一人のアリスが現れたからだ。
それは間違い無く、彼女の分身である。
アリス本体とは異なり、彼女はアリスのイメージ通りに、動く事が出来る。
「な!」
ゲンはこれに驚きを隠せない。
全く同じ女がもうひとり現れ、しかもその分身は炎の能力者と互角に渡り合っているのだ。
「慌てんな!それが、その女の能力だ!」
ノブが声を荒げるが、それはゲンも解っている。しかし、自分と寸分違わぬ分身を作り出すほどの能力者など見たことがない。
ただ一つ意識を切り替える事が出来たとすれば、そこから更なる強力な技を発動することもあり得ないということだ。
だとすれば、分身から距離を置き、技を仕掛ければ良い。
理屈の上からは、確かにそうだった。
事実、ゲンが瞬間的に、至近距離で放った火炎弾がアリスの分身を貫通するのだ。
「うっし!」
ゲンがガッツポーズを取ったその瞬間、飛散しかけたアリスの分身は、瞬時に集結し、その形態を取り戻すと同時に、ゲンに取り付き、あっという間に彼を捕縛する、念糸となってしまうのだ。
「何やってんだ!マサ!ヤエ!」
「もうやってんよ!」
マサと呼ばれたその男が両手をアリスと美箏に向けると、併せてヤエも同じように、アリスに両手を向ける。
「よし!」
ノブは、勝利を確信し、ガッツポーズを取る。
その直後、アリスと美箏は、膝を崩し、地に両手を付くことになる。
「重力捕縛ね?」
ただ、アリスには余裕がある。
「能力を解け」
ノブは、ゲンを縛っている念糸を解くように、アリスに命じるのだ。
「あら。どうしてかしら?」
ノブはアリスに近づこうとしたが、彼女のその余裕に、危険を感じた。そして寧ろ、二歩ほど退く。よくよく考えればそうだ。自分と同じ実像を作り出せるほどの、正確無比な能力と量を生み出せる彼女が、ノブを縛っているだけに過ぎないのだ。
手っ取り早く殺してしまえば、それで一つ労力を減らすことが出来る。確かに庇っている美箏の前で、一人の人間を惨殺することは、憚られる現実ではあるが、自らの命が危険に晒されている状態だというのに、そんな優しさを見せる必要は、何処にもない。
しかも、アリスほどの手練れが、である。
「ぐあ!」
「きゃぁ!」
「なに!」
マサ、ヤエ、チヨが、それぞれ声を上げるのだ。
すると彼女らの後ろには、それぞれアリスの分身が現れ、今当に彼等の首の骨を折らんとしている。両腕でガッチリと、首を決めているのだ。
「なん……だと!?」
ノブは、狼狽えて仲間を見回す。それと同時に、アリスの分身は、再び黒いロープとなり、彼等を縛り上げてしまうのだ。
その瞬間、彼女も美箏も重力の束縛から解放され、立ち上がることが出来る。
「ま……まて、聞いてねぇぞ!こんな奴いるって聞いてねぇ!」
ノブは狼狽え始める。
それも当然のことだったのだ。自分と等しい分身を一体だけではなく、同時に三体生み出し、彼等をあっという間に拘束してしまったのだ。
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