第2章 第3部

第2章 第3部 第1話

 話は、アリスと美箏が黒羽と対峙した時間より、僅かに前となる。

 鋭児と煌壮は、寄り道をして漸く美箏の家の前へと到着したのである。

 周囲に建っている建物もそうだが、煌壮から見れば、慎ましやかな戸建てが並ぶ住宅街は、何とも奇妙なものだった。


 彼女自身は不知火家の本宅にある一室にその身を置いており、言わばそれが彼女の家ということになるのだが、敷地は相当広く、邸宅間にも、十分な庭先と距離があり、ゆったりとした作りとなっている。

 だが、知ってはいても、住宅街とは、なんともひしめき合ったように思えたのだ。

 それに、邸内の中でも、不知火老人と懇意である彼女は、誰彼無しにその存在を知っているが、ここは建物一つ隔ると、それは赤の他人であり、誰もが誰かを知っているわけではない。

 閑静な住宅街とはいうが、要するに見知らぬ他人が隣り合っているだけの、集まりとも言えないでもない場所なのだと思ってしまう。

 

 煌壮は、ポケットに手を突っ込んで歩く鋭児の腕に手を掛け、連れられるまま美箏の家にたどり着き、鋭児は慣れた様子で、そのチャイムを鳴らす。

 そして、少しすると、騒がしくドタバタとした足音と同時に玄関が開かれるのだ。

 「よぉ、来たのかよ」

 そう言って、玄関から顔を出したのは、文恵ではなく焔である。

 

 それを見た鋭児は馴染みすぎだろうと、思わず笑みを噴き零さずにはいられない。まるで自分の家ではないかと、思えてしまうほどだ。


だが、焔はそのまま表に出てくるのである。

「叔父さんは、なんかレセプト云々いって、仕事場にいって、叔母さんは買い物でよ」

 そういうわけで、焔がお留守番というわけである。

 だとするならば、焔も出かけても良さそうだが、昨日の煌壮の様子から、こう言う展開になるのは予想済みである。

 鋭児ならば待たせても良かったし、何なら文恵と出かけて電話の一本でも、入れれば良かったのだが、矢張り煌壮が駄々を捏ねそうなのは、目に見えている。

 「あれ?先輩と美箏は?」

 「そっちはそっちで出かけてるよ。なんかこう、練習するんだってんで……まぁ家でアレコレやってたら、それはそれで怪しいしな」

 「ふうん……」

 若干当ての外れた煌壮と鋭児だっただった。

 

 確かに、煌壮の目的としての、美箏の家を見に行くという行為と、焔と所へ行くという目的は達成したのだが、家主がいないと何とも拍子抜けしてしまう。

 

 その時、鋭児の腕に通された煌壮の手に、焔は気が付く。

 「ふぅ……ん」

 そして、視線をチラチラと送ってくるのだ。

 鋭児としてはなんと言うことはない、煌壮が迷子にならないようにということで、エスコートしたまでのことである。

 だから鋭児には、なんら疚しい気持ちや、色気などがそこに在るわけではない事を、焔は直ぐに理解するのだ。

 だが、煌壮は焔の視線に対して、照れた様子で、顔を背けてなんだかバツの悪い様子である。

 それでも焔は、一通り二人の周りをグルリと回るのである。

 鋭児も何が言いたいのかは大凡の察しは付いた。自分達の和解が、つい先ほどファミレスで行われたということを、焔は知らない。

 「い!いいだろ!し……師弟なんだし……」

 煌壮は、本当にバツが悪そうだった。そして、恋人という概念こそ無いが、鋭児の腕に手を掛けて歩くというのは、彼女にとって、満更気分の悪いものではなかったのだ。

 

 だが、その時だった。

 

 鋭児の首筋から、何やらひょっこりと顔を出すのである。

 それは、デフォルメされた二等親のアリスで、大きさは肩、もしくは掌サイズといったとこで、コミカルにバタバタと慌てているのだ。非常に困った顔をしている。

 「大好きな、お姉ちゃんが危ないよ!大好きなお姉ちゃんが危ないよ!」

 と、泣き声にナリながら鋭児の肩の上で、オロオロとしているのである。

 こんな光景を何も知らない人に見られてしまうと、それこそ何を思われるか解らない。急な出来事に、鋭児は慌てて、周囲を確認する。

 幸い通行人はいないようだ。

 

 「えっと、これ……」

 「ちっさい、アリスさんだ……」

 鋭児はただ驚いていたが、煌壮はその精巧さに、可成り感動をしている。

 「まぁなんかあったみたいだけど……」

 焔も驚きはするが、その認識を一番確り持っていた。

 「あの人、こういう所妙に凝るんだよなぁ」

 アリスらしいといえばアリスらしいが、これでは危機感の欠片も無い。それにしても、いつこんなネタを仕込んだのかと、鋭児が手で、二等親のアリスを捕まえようとすると、それは自ら鋭児の掌に乗る。

 「か……可愛い……」

 煌壮は、鋭児の掌に乗るとすすり泣くチビアリスに、大いに感動していた。

 「どうやって、動いてるんだこれ……」

 焔がそれをつまもうとすると、鋭児の掌にしがみついて、イヤイヤをして離れようとしないし、彼女の背中からは黒いコードのようなものが一本出ており、それは鋭児に繋がっている。

 「これ、鋭児兄の気を遣って動いてるんだよきっと」

 煌壮には、その仕組みが直ぐに解ったようだ。

 「え……」

 要は自分を栄養源にして、動いている事に対して、鋭児は苦笑いをしてしまうが、それ自体は以前アリスが眠りについてしまったときに体験した事である。

 特に倦怠感を感じることもないし、アリスであることから、何かしらの悪意はないのだろう。ただ、悪戯心にもほどがある。

 ただ、鋭児の掌にしがみついたそれは、振るえて泣いている。

 「まぁ、アリス先輩になんかあったのは、確かみたいだな」

 そのコミカルさとは別に、事態は思ったより深刻なのかもしれないと、焔は思う。仮に六皇と称されるアリスが自ら危ないと危険信号を発しているのだ。

 自分一人では対処出来ない状況なのだろうという認識に、直ぐに到達するのだ。

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