第2章 第1部 第18話

 翌日――――。

 

 鋭児は初日から早々通いそびれた二年生新学期を始めることにする。

 着席すると。

 「よ!」

 晃平である。

 鋭児が仕事で出かけたことは知っている。だが、その事について、触れる事はない。ただ元気そうな鋭児の姿を見て、無事で済んだということだけを確認出来れば良いといったところだ。

 「そっか……お前もいたっけか」

 鋭児はふと、あのことを思い出す。ただその案件を通すには、霞の判断を仰がねばならない。

 「いや、こっちの話」

 「なんだよ。失礼なやつだな」

 そう言いつつも、晃平はクスクスと笑いながら、鋭児のそれを許している。この一年の付き合いではあるが、鋭児の事はもうよく知っている。おかげで晃平は学年二位をキープしなければならなくなったが、それはそれで、彼のステータスになり、その結晶は、彼の左薬指に輝くこととなる。

 学年二位となると、十分誇るべき順位なのだ。

 

 「所で、お前一年の煌壮ってやつの話知ってる?」

 「ん?ああ、お前と色々あった奴だろ?お前探して初日から、叫び倒してたぞ?」

 晃平の話では、煌壮は早速妥当黒野鋭児に燃えていたらしい。ところが当の鋭児は、仕事で出かけてしまい、その矛先が一年全員に向いたということだ。

 ただ、喧嘩をふっかけたといっても、煌壮が仕掛けられるのは、せいぜいF1の連中だけに止まるはずだと、鋭児は思っていたのだ。

 ただ、煌壮は挑発がてらに、学園在校生を罵ったらしい。

 単純なところでは、温室育ちだの、危機感が足りないだとの、散々だったらしかった。加えて倒した相手に敬意も払わず、罵る一方だったとか。

 鋭児がいないとなると、当然困った連中が晃平に相談にくることになる。

 二年のF4に関しては、晃平との約束ともあり、安い挑発にはのらないが、煌壮に挑戦権のある生徒が徐々に彼女を囲うようになってきているらしい。

 何となく、何処かで聞いた話のような気がしないでもないが、煌壮の行動は、明らかに自分の実力誇示のためにある。

 勿論それは、戦う言いがかりにしか過ぎず、それを選ぶかどうかは当人次第である。

 煌壮には始終それがついて回ることになる。

 授業中だけではなく、休憩時間や、終業後にまでついて回るのだ。

 「まぁ平和なのは、食事と部屋に戻った時くらいだろうな」

 というのが、晃平の知るところである。晃平は特に、煌壮と関係があるわけではない。ただ、喧嘩を吹っかける煌壮には、注意を促したらしい。

 勿論その時には、丁寧に煌壮を退けたらしいが、それが二年Fクラス第二位の実力だと知ると、煌壮は晃平を一睨みして帰って行ったらしい。

 要するに、黒野鋭児以前にもう一枚の壁が立ちはだかったということになる。

 

 鋭児はスクリと関を立ち上がる。

 だが、晃平は彼の肩に手を置いて、首を横に振る。

 「まずは、自分の授業だよ」

 要するに、煌壮に会うのは昼を過ぎても良いだろうということだ。それにこれは、煌壮が蒔いた種でもある。彼女は、それを自分の身に確りと刻まなければならない。

 

 鋭児は、授業を受ける。

 久しぶりに、平和な学生生活といった気がする。ただ、退屈すぎるのも問題で、鋭児は始終欠伸をしている。ただそれには、焔の治療という行為の負担もあり、ここしばらくの鋭児は、間違い無く疲労が積み重なっていたのだ。

 そう言う意味では、千霧との数日はよい休養だったのかもしれない。

 数日おいても、焔には大した問題は無かった。抑も回復はしており、心配はないのだが、彼女が何処まで復調しているかは、正直彼女が本格的に動くまでは、解らない部分でもある。

 眠りこそはしなかったが、春の日差しに、窓際の鋭児は、少々ウトウトとするのであった。

 

 昼時間を迎える。

 鋭児と晃平は、食堂に向かうことにした。

 炎皇とその親友となると、それはなかなか話題になるものだ。

 狂犬やら、炎皇の番犬などと渾名される鋭児が、炎皇となったため、噂を聞く新一年は若干遠巻きに見る者達もいる。

 そんな二人が食堂に現れると、その入り口で煌壮とその後ろに申し訳なさそうに一緒に居る眼鏡女子と出くわす事になる。

 鋭児を見つけると、早速煌壮が鋭児を睨んでくる。

 ただそんな彼女は、目元や口元やらに絆創膏を貼っており、手首や指先にテーピングをしている。そして彼女の利き足にも包帯が巻かれている。

 当に満身創痍が窺える煌壮の様相に、鋭児は少々押し黙った。

 それは晃平が口にしていたよりよっぽど酷い状況だっと察するに十分だった。

 「晃平……」

 「お前が焔先輩を庇ったときは、もっと酷い有様だったよ」

 それに比べれば煌壮のそれは、軽傷だと言いたいのだ。行為は間違っていたかも知れないが、それくらいの気迫が無ければ、炎皇など務まらないのだと、晃平は思っている。

 そして焔は、煌壮には中々甘いようだ。身内贔屓といえばそうなるが、それも中々焔らしい所でもある。

 要するに、鋭児のやり方で、煌壮の目を覚まさせてやってくれということなのだろう。

 焔が顔を出せば、煌壮は押し黙るしか無くなるのだ。しかしそれでは今までと何ら変わらない。それでは駄目なのだ。

 自分の周囲を変えてくれたように、煌壮も変えて欲しいと、鋭児ならそれが出来るのではいか?という期待もある。

 「行くぞ、トロ子……」

 「待ってよ!キラちゃん!」

 それでも、煌壮を慮ってくれる人間はいるようだ。彼女は煌壮の後を追いかけながら、鋭児に目配せをして、コクリと一礼をして、煌壮の後ろに着く。

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