第2章 第1部 第17話
鋭児は、学園に戻る。
焔の住まいが鋭児の住まいでもある。時間は夜である。千霧が送ってくれたのだが、運転していたのは彼女ではない。彼女は到着するまで、そっと鋭児の肩に寄り添っていたのだ。
やがて車が止まる。
「名残惜しいですが、しばしのお別れです」
言葉とは裏腹に、千霧はすっと鋭児から離れる。
車の扉は運転手の手に寄って開かれ、千霧はそこから動かず、ただ小さく手を振る。
「ただいま」
鋭児は、何となしに扉を引き明け、家の中へと入る。
そして、コテージ風のその建物は、入り口に入ると直ぐにリビングとなっており、唯一日本らしいところは、玄関で靴を脱ぐ仕様になっているというところだ。
そこには、寛いでいる焔と吹雪、そしてアリスがいるのであった。
鋭児が帰ってくると、まず吹雪が小走りに駆けて、鋭児に抱きつくのである。
「お帰りなさい」
嬉しさ一入の、吹雪が鋭児をギュッと抱きしめる。
焔は落ち着いたものである、まず吹雪が十分に自分の気持ちを伝えるまで、その後ろで待っている。
そして吹雪も焔や、アリスがいる事を理解している。
吹雪が終わると、次にアリスが鋭児に軽く密着して、挨拶代わりのキスをして、直ぐに離れる。
「夜食の準備でもするわ」
そして、台所の方へと向かうのである。そうすると、吹雪も軽く鋭児に手を振り、アリスを手伝いに向かうのである。
壁一枚向こうに行くだけだというのに、まるで半日は会えないかのような吹雪であるが、その表情は大げさだがなんとも愛らしい。
「よ!」
焔が彼女らしいキレのある挨拶で、鋭児と向かい合う。
仕事の内容というのは、基本的に話すことはない。それぞれの家の事情があるからだ。ただ、仕事から戻ったと、それだけのことでよいのだ。
そして、本当なら暑苦しいほどの、焔のハグがあるのだから、焔は鋭児の目の前に来ると……。
パシン!
と、気持ち異ほど乾いた音を立て、拝むようにして、鋭児に頭を下げる。
「すまん!」
「え?」
鋭児は、何がどうであるのか、全く解らない。
ただ、そう言う焔は、珍しい。
「煌壮の奴が、暴れてるらしくてよ」
「ああ……」
なるほどと、鋭児は思うのである。打倒黒野鋭児を目標に掲げる彼女がそれに息巻いているというわけだ。そして焔はそれに対して発破を掛けている。
次の炎皇を目指すということそのものは、決して悪いことではない。
鋭児の後継がいないということは、それもまた由々しき事態なのである。
現に、聖もアリスも、そして大地も後継がおらず、近々それを探すことを強いられる。一つは外部からの引き込みである。
それは同時に、学園の最底辺にいる一人が蹴落とされるという事にもなる。
この問題は、彼等にとって非常に悩ましい問題で、煌壮が入学したということは、誰かが一人落とされたことになる。
鋭児が加わったときは、晃平がいた。彼等はすでにその覚悟が出来ていたのだ。だから鋭児は恨まれることは無かった。
煌壮もクラスとして第一クラスに入っており、直接的に誰かを落としたわけではないが、それでも本来そのクラスに所属されると噂されていた者は、一つ下位のクラスへと編入され、その順位は一つずつ、下げられる事となる。
外様が学園に入学することは、内部にいる者にとって、それほど気分の良いものではないのだ。
そんな煌壮が、暴れ回っているとなると、必然的に殺意へと変わっても不思議ではない。
「一寸面倒見てやってくれないか?」
焔が少し深刻な顔をする。
いや、煌壮の話をし始めたときから、すでに深刻であったのだが、それは焔たっての願いだということを、鋭児は知る。
煌壮のことを話していると、アリスがキッチンから姿を現す。夜食はどうやら、蕎麦らしい。温かい湯気を揺らせた四人分のそれが、盆に
「鋭児?お土産を出し忘れているわよ」
アリスは、少しした事を思い出し、手を差し出す。
「ああ……」
鋭児はそれを思い出す。例の自然薯の一節だ。アリスは何でも見通している。そんなところである。
煌壮の事は、翌日に持ち越すとしておき、食後のテーブルの上には、それが置かれる。
「これを食べて、千霧さんと励んでいたのね……」
アリスが、フフっと笑いながら、それを繁々と眺める。
「男と芋は粘りってか……」
何処かで聞いた科白だ。そして、焔が年を取るとあんな風になるのか?と鋭児は一瞬想像する。
「やだ!とろろ芋が!鋭児クンのとろろ芋が!」
吹雪は、何を想像しているのか、嬉し恥ずかしそうに顔を赤らめて、首を左右に振ってその雑念を振り払おうとしている。
その自然薯は、翌日の夕飯にでも、並べられる事になり、どうやら、その相伴に昨日世話になった大地も呼ぶらしい。
それに対して、妙に浮かれるアリスであった。
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