第2章 第1部 第19話

 ただ、互いに食堂へとやってきたため、鋭児達はすぐに煌壮の後ろに並ぶことになる。

 「あれ?晃平、お前弁当は?」

 「それを言うなら、お前も……だろ?」

 「まぁ……」

 鋭児は、吹雪やアリスが食事を作ってくれている。敢えて食堂で並ぶ必要などないのだ。当然帰るまでにそれを食さなければならなくなる。

 まるで上司との昼食を断り切れず、愛妻弁当が後回しになり、それを後ほどこっそりと食べるという、なんとも複雑なサラリーマンの悲哀のような心境になったのは、鋭児も晃平も同じところであった。

 要するに、手弁当で食堂に現れたのであれば、それは態々煌壮の様子を伺いに来たと言わんばかりになってしまう。

 そうなると、静音も気を遣って顔を出すことになる。

 そんな静音は先に、席を確保してくれており、鋭児達に手を振ってくれる。

 「前のアンタ名前は?トロ子っていうんだっけ?」

 「え?あ、赤銅……赤銅灱炉環しゃくどう とろわ……です。炎皇……様」

 少し引っ込み思案な彼女は、名をとろわと言うらしい。完全にキラキラネームではないのかと鋭児は思ってしまうが、どこか遠慮がちにオドオドとしながら、その頭髪は朱色に色づいている。能力者としては高い力を持っているのだろう。

 「黒野でいいよ」

 「あ!?お前、ナンパかよ。あんだけ女侍らせておいてよ」

 煌壮は鋭児が気に入らない。だから鋭児の行動も当然気に入らない。

 そう言われてしまうと、鋭児は返す言葉もない。本当なら売り言葉に買い言葉と行きたいところではあるのだが、どうしても煌壮に対してそれをすることが出来ないのだ。

 焔ではないが、少なからずとも関わりのある彼女を心配に思うのは、鋭児も同じなのである。

 岩見との試合を見た煌壮が、何かしら悟ってくれればと思っていた鋭児だったが、どうやらそれは煌壮の心には、響いていないようである。

 なぜ、不知火老人が鋭児の参戦を渡りに船だと思った事も、煌壮は分かっていない様子である。周囲の気遣いも何処吹く風といった具合だ。

 「トロ子!其奴と喋ると妊娠するぞ」

 「に……妊娠……」

 何時の時代の性教育なのだろうと鋭児は苦笑いするが、それでも炎皇の思うがままに手込めにされている自分を想像した灱炉環は、顔を赤らめて鋭児に背を向ける。

 「嫌われた?」

 鋭児の後ろに並ぶ晃平が、チャチャを入れる。

 「ウルセェ」

 鋭児は煌壮との会話に、彼女を出汁に使おうと思ったのだが、その目論見は失敗したといえる。それを見透かした晃平の突っ込みが入るのだ。

 「あ~腹減った」

 後ろから声が聞こえる。気怠そうなその声は間違い無く鼬鼠である。

 「おい黒野、前変われよ」

 「ああ?鼬鼠さん……」

 鼬鼠の横暴は折り紙付きで、鋭児もそれを理解している。鼬鼠らしいといえばそうだが、流石にそれはないと思った鋭児も一睨みしかける。

 が、そんな鼬鼠の声に、灱炉環の背筋がピンと伸びる。

 「ああ、鼬鼠さん。俺鋭児に付き合わされただけなんで、どうぞ」

 と晃平は、静音の弁当を無駄にしないチャンスをモノにするのである。

 「心得てんじゃねぇか。ワリィな」

 それから、静音の方にチラリと視線を向けて、すっと視線を鋭児の後ろ姿に戻す。

 「で、仕事はどうだったんだよ」

 「ああ。まぁ……」

 「ああ、姉貴から聞くわ。温かったのか?」

 「いや、若干ヤバ目だったすね」

 「ふぅん」

 鋭児と鼬鼠は視線を交わさないが、そんなやり取りをする。その始終灱炉環の耳がピクピクと反応しているのが、解るのである。

 「良かったら、飯一緒にしますか?」

 「ああ……そう……だな」

 「煌壮もどう?」

 「ああ?」

 煌壮は、本当に不機嫌そうな視線を鋭児に向ける。

 「誰がお前なんかと……」

 それでも、煌壮はその誘いを断るのである。その間鋭児と視線を合わせることはなかった。その代わりに、灱炉環が振り返り、申し訳なさそうにぺこりと、鋭児に頭を下げるのだった。

 煌壮の昼ご飯はオムライスらしい。特にフワトロ系のしゃれたものでもではなく、ありふれたごく普通のオムライスである。

 昔ながらのオムライスといった感じだが、ボリュームもあり、華奢な彼女からしてみれば、十分な量なのだろう。

 灱炉環の方は、バランスの良い和食といったところで、ご飯も含め流行小食である。

 そう考えれば焔達の食卓は、そこそこのボリュームが絶えず並んでいる気がする鋭児だった。

 

 結局昼食前に、煌壮とコミュニケーションを取る作戦は、完全に失敗してしまった。

 彼女のデビュー戦に水を差した自分にも大いに責任があると、鋭児は思っている。焔や磨熊と並ぶような舞台がデビュー戦となるならば、それは小さな大会だったとしても、実力者の中に自分が数えられるのだから、さぞ華々しいものだったのだろう。

 ただ煌壮は、その事しか頭になくその後の展開などは、鋭児を見る度に血が上ってしまい、考えが回らないのだ。

 

 鋭児が選んだのはカレーライスで、鼬鼠が選んだのは、豚カツ定食である。

 

 「はぁ……」

 柄にない事をしたのかと、鋭児は溜息をつき、静音の確保してくれていた席へとつく。

 「鋭児君は、何か苦労しているみたいね」

 そう言いつつ、静音はクスクスと笑い出すのである。

 「笑い事じゃ無いですよ……」

 そう言って困り果てた鋭児を見て、静音はクスクスと笑い出す。

 ここ最近の彼女は少しどっしりとしてきた感じがする。髪の色も、随分属性焼けが進み、黒色だったはずの彼女の頭髪は今や可成りの部分が白髪となってきている。

 吹雪が質量のある銀髪であるのに対して、静音はそれより若干淡い感じがした。

 その横で、鼬鼠はパクパクと食事を済ませ、会話をしながら食事をするという感じではない。ただ、鋭児が鼬鼠を見てクスリと一瞬笑う。それは特に静音を避ける様子もなく、自分のペースを作っているところだ。

 寧ろ、自分を誇示するために、あえてそれを避けなかったといっても良いのかもしれない。

 「静音。お前、攻略練られてんぞ、気ぃつけろよ」

 そう言って、彼は自分の食器をそのままにして、そこを去るのである。

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