第2章 第1部 第15話

 翌朝――――。

 

 「お世話になりました」

 鋭児と千霧は声をそろえて、見送る長老と千秋に対して、深く頭を下げる。

 隠れ里に訪れ、数日滞在すると言うことそのものが、まず彼等に対してのタブーであることは解っていたし、自分達が東雲家の人間だと言うことで、手出しが出来ない事を十分理解した上での行為であることも、詫びなければならないことだった。

 ただ、里の様子を見ると同時に、自分達の行動を見せることで、決して荒らすために来たわけではない事を理解して欲しいと思ったのだ。

 

 「ほれ、お土産じゃ」

 千秋は新聞紙に包んだ自然薯を千霧に渡す。

 「芋も男も粘り強い方がええからのぉ」

 などと、ちょっと下卑た笑みを浮かべながら、千霧の肩を幾度か叩く。しかし、それは確りと千霧も受け取っている。どうやら意味は十分通じているようだ。

 理解している鋭児も、若干照れながらそっぽを向く。

 

 「道は、里の者に警戒させている。問題も無いだろう。お前さん達が標的になっている場合もあるからな。特に六家の人間となれば……な」

 仕事であれば、是非もなしという姿勢はお互い様だと、すこし宣戦布告ともとれる言葉を残した黒羽を気にしての、長老の気遣いでもある。

 「有り難うございます」

 鋭児は再び頭を深く下げるのである。

 焔を追いかける鋭児は我武者羅だが、此所に来ての鋭児は非常に弁えており、謙虚である。

 

 千霧と鋭児は、車に乗り込み、元来た道を戻ることにする。

 「どうされますか?もう数日滞在予定ではあったのですが……」

 「そう……ですね」

 学園へ戻るという選択肢もあった。それに基本的な滞在日数は鋭児も聞かされていた。婆愛によっては、滞在時間も長引くかも知れないということも。

 ただ、寧ろ日程以下に収まる結果になってしまったようだ。

 「どのみち一度、温泉街の宿に戻って、葉草さんに報告しなきゃならないですよね」

 帰還してからの報告ではなく、帰還前の報告である。滞在日数以内の帰還ということで、基本的に任務を全うしたというわけではない。

 「承知しました。報告書の方は私が纏めておきますので、鋭児さんは、課題の方を済ませておいてください」

 「ああ。うん」

 里に滞在していたときもそうだが、何も一日中出かけられていたというわけではない。

 鋭児は学生であり、学業も平行して進めなければならないのだ。当然短い時間でより多い修学を要求されることになり、旅行気分とばかり言ってられないのだ。

 ただ、千霧が家庭教師がわりとなっており、雑然と教諭の授業を聞くよりも、余程集中出来、彼女との時間というのもあってか、存外苦にはならなかった。

 

 道中――――。

 「里……あのまま、寂れちゃうんですかね」

 鋭児はそれがどうにも気になって仕方が無かっ。

 それは、恐らくそうなのだろうと千霧は思った。長老の話からも、一族は散り散りになり、社会に溶け込み、その存在を消して行くものだと思っている。

 彼等も力を使わない生活をしているし、高齢と言うこともあり、長けた術者は少ないのだろうが、それでも里に残るという決断をしている。

 抑もが、年老いると、故郷から離れがたくなるのだ。同じ波長を感じる者通し、また血縁者の多い里ともなると、その地に縛られてしまうのだろう。

 新しい血でも入れば、里は息を吹き返すのだが、それは彼等が望んでいない。

 「綺麗な里でしたね」

 惜しむ気持ちは千霧にもあった。

 森や山を自然と言うが、この国の多くの山々は、人と共存してきた。手入れされない森が、自然豊かになるというわけではない。

 寧ろ人と関わりを無くした森は、大きくなろうとも、一つ一つは痩せて行くのだ。

 荒れるのだ。

 そして、里は飲み込まれ廃れて行く。次に来た時に、この里がそうなってしまうということを、心苦しく思うばかりである。

 「近々……、皆で押しかけますか?」

 鋭児は、そんな千霧の寂しげな横顔を察して、千秋と交わした言葉が、満更社交辞令でない事を、再度口にする。

 「そう……ですね。美箏さんも誘いましょう」

 「美箏も?」

 鋭児は、千霧から美箏の名前が出ることを少々不思議に思ったが、彼女が美箏を助けた経緯を聞いている。二人で鋭児の家を掃除した事も聞かされた。

 アリスが美箏を守るために、本来外で見せるべきではない力を用いた事も知っている。

 黒野の家が、抑も能力者の家系であったと言うこともだ。

 自分達は、それほど遠くない世界の人間なのだと、鋭児はここで自覚する。

 ただ、美箏にはできるだけ、普通の生活を送って欲しいと思いはした。それは身勝手な思いなのかも知れないが、普通に生きて行けるのであれば、それに超した事はないのだ。

 もし、自分もあのまま祖母が生きていれば、いや祖母のし死期が少しずれていたのなら、心のありようも変わっていたのかもしれない。そうすれば、焔達との出会いもなく、千霧渡航していることも無かったのだろう。

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