第2章 第1部 第14話

 「ほら、別に殺しゃしねぇから、ケチケチすんなよ!な?」

 妙にギラついているが、それは鋭児が強い男だと認めての事だろう。鋭児としては調子が狂いそうになるが、そのギラつきのベクトルが自分以外に向くことを考えると、少々背中に寒気を感じる。

 「俺は見ての通り、炎属性だ」

 鋭児はそれだけを言うと、一気に間を詰めて、凄まじい連打をする。

 異常に早い連打だ。炎の属性とはいえ、男としては、これほど早い連打を見る機会は早々ないことだった。今の鋭児は焔と戦った時以上に早い。

 それに異常なほど破壊力があるのだ。

 男は、風の防御壁を前面に張っており、驚いた様子をしているが、攻撃そのものは、それで防ぎきっている。ただ、ジリジリと後ずさりしているのも事実だ。

 「ッラァ!!」

 鋭児が気合い一発大ぶりをすると、男は数メートル、滑るように下がる。

 そして、両手が痺れているのを感じる。

 「おいおい……。マジかよ。ガキだろ?なんだよ、この異常な力は!」

 完全に興奮して、更に目をギラつかせ、気味の悪いほど、ニヤニヤしながら痺れた両手を眺めているのだった。

 何より、驚いたのが、それが単なる打撃で、技の一つも出してところだった。

 「悪いけど、此所じゃこれが精一杯だ。解るだろ?」

 鋭児が言いたいのは、周囲の環境のことである。

 此所は河原で在り、自然である。彼等が大暴れすると、その環境は大きく破壊されかねないのだ。ましてや、お互い特に命のやり取りをしなければならない訳ではない。

 鋭児が相手の能力を聞かずに自分だけを晒して、攻撃をしたのは、鋭児なりの譲歩なのである。

 「ったく。妙なところに気を遣うガキだな」

 彼は大人だ。巫山戯ているようでも大人だ。だから鋭児の言いたいことは十分に理解している。

 「イヤなんだよ。人の大事にしてるものを、壊すとか……」

 鋭児は構えを解き、両腕を下げる。ただ、鋭児はしっかりと体中に気を張り巡らせており、しっかりと防御を固めている。

 「っち!しゃぁねぇなぁ。まぁこの里には、ジジババしかいねぇみたいだし。こちとら骨折り損だし。正直用事は終わったようなもんだったんだ」

 

 すると男も構えを解く。

 結局彼が自分の技を出すことはほぼ無かった。だが鋭児にとってはどうでも良いことだった。そもそも、鋭児自身自分の手の内を全て見せたわけではない。

 「俺は、菱家の黒羽征嵐。お前さんらは……野良じゃないだろ?」

 「東雲家の風間千霧です。こちらは、黒野鋭児」

 ここで、千霧が漸く一歩前に出る。

 「菱家は、武家の一派ですね」

 「そうなる……かな。まぁ今日は争いに来たわけじゃない……。抑も俺のガラでもない。まぁ仕事と言われりゃ別だが……」

 「それはお互い様です」

 「言うねぇ……」

 千霧は一歩も引かない。黒羽は、鋭児達の父親世代と言っても良い年齢の男で、当然場数も鋭児達とは比べものにもならないのだろう。彼の一言一句は、鋭児達をたしなめているところがある。

 だが、千霧は苛立つことも無く、冷静に受けている。何より、二対一という、有利な状況であると言いたいのだ。

 ただ、黒羽も千霧のそんな強気な態度は、決して嫌いではなさそうだ。

 「覚えとくよ」

 黒羽は、そう言って鋭児達に背中を見せて、先ほど現れた河原の上流の方へと再び戻って行くのだった。


 黒羽が去った後、鋭児達の横に長老達がやってくる。

 「済まぬが、お前達も明日の朝には、帰ってくれるか?」

 どうやら、長老はこの里が、争いの場になることを恐れたようだ。

 ただ、黒羽は去っており、鋭児達は派手に争ったりはしていない。

 「そう……ですか」

 しかし、千霧はそれをすんなり受け入れる。

 抑も、彼等がそのつもりでいるなら、長居をするつもりはなかったのだ。

 千霧にそう返事されてしまっては、鋭児も押し黙るしかない。鋭児としては、その気原意着いて特に何か考えてはいなかったし、去る頃合いなども理解している訳ではなかった。

 それれも、そろそろ一週間ほどは経っており、時間としては頃合いだったのかもしれない。

 「まぁ一晩ある。ゆっくり休んでいくがええ」

 長老が厳しい視線を送るのに対して、千秋は少々残念がっていた。

 彼等の感情は様々なのだろう。それでもこの里に残り、生きて逝く事を選んだのだ。

 「今度は、もっと賑やかしにくるよ」

 鋭児はそう言って、千秋にニコリと微笑むのである。

 鋭児は、喧嘩ばかりの日々だったが、それでも祖母と暮らした日々を悪くは思って折らず、祖母もまた鋭児が喧嘩をする理由を知っており、彼を諫めながらもそれを決して、悪事だとは思ってはいなかった。

 そして鋭児も、祖母が自分をよく理解してくれていることを知っていた。

 そういうところもあってか、千秋がなんとなく力なく、寂しそうにしているのが気になったのだ。

 単純に言えば鋭児はおばあちゃん子なのである。

 

 「そうかいそうかい。これに懲りず、また来るんじゃぞ?」

 そう言って、渋い顔をする長老を肘で突きながら、鋭児のそれに嬉しそうな表情をするのである。

 「ただまぁ、ああいう輩が来るのも困りものじゃがのぅ」

 流石に千秋も、黒羽の存在を不吉に思ったようだ。

 ただ、黒羽の目的は、里というよりも、里にいる人材にあるようだ。そう考えると彼がこの里に再び現れる可能性は、少ないだろうが、妙に自分を気に入ったということを考えると、今後何かしらの接触があると、考えた方が良さそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る