第2部 第1章 第11話


 ――車中――。


 「中々の手練れだな……」

 「お褒めに預かり有り難う御座います」

 千霧は頭一つ下げなかったが、言葉は丁寧である。空気だけが、ピリピリと張り詰めていた。

 「長老ですか?」

 「そうだが……芦野秋声だ。この里は芦野の里だ」

 「芦ノ湖から名を?」

 「そうだ」

 「そうですか……」

 それは、伝統のある名を捨てたということである。彼等はこの里と静かに終わりを迎えようとしているのだ。

 「もう、余り残られては居ないのですか?」

 「少しはいるが、何れ出て行くだろうな。そして、静かに世間様に溶け込んで生きて行くのが、我々の願いだ」

 「寂しいお話ですね」

 「古き世が終わり、我々の役目も終わった。もう何代も前の話だというのに……」

 嘆かわしいと言わんばかりに、彼は首を左右に振るのだ。

 それに対しては、千霧は言葉にしがたかった。彼女も親のいない身である。その力の強さ故に、彼女は捨てられた可能性もある。

 学園を知っていると言うことは、恐らく自分の家系も元来の能力者であると、察するところではある。

 逆に受けいれる場所が無くては、彼女は生きて行くことすら出来ずにいたのかもしれないのだ。

 「宿ではないが、そこの家があいとる。どういうわけか、矢張りたまに迷う輩もおってな。何せ狭い山道だからな」

 日が落ちてからの細い山道は、それだけで危険だということだ。

 興味本位に山道を走破しようとしたあげく、道を外して車で落ちられては、追い返した彼等もまた、気持ちの良いものでは無い。

 そんなときは、矢張り彼等を持て成す事もしなければならないというわけだ。そんなときのために、幾つかの家屋は管理されているということだ。

 「川釣りや、山菜採りなど、したいと思っているのですが?」

 「好きにせい。お主らは言葉こそ丁寧だが、今の儂等では、どうにもならぬ事くらいは、知っておろう?」

 長老がそこまで口にしたとき、千霧は一つの家屋の前で、車を止めるのであった。

 彼等は山間に住んではいるが、完全に文明と離れて暮らしているわけではない。

 千霧が車を止めた位置は、間違い無く駐車スペースだ。

 「電気は、余り多用せんでくれ」

 恐らく集落内に、発電施設があるのだろう。彼等は独自で電力を賄っているらしい。

 そう言われて、鋭児は携帯電話を見るが、かろうじてアンテナが立っている状態だ。

 「悪いが、集落内にいる間、其奴は預からせて貰う」

 不用意だったと鋭児は思ったが、千霧はコクリと頷くだけであった。

 そして、当然千霧も携帯電話を取りだし、長老にそれを渡すのである。

 

 

 古びた小さな民家。

 手入れは良くされている。艶やかな茶褐色に染められた、柱と床は、いくらかのをささくれを修復され、その分だけの年月がこの家の歴史を語る。

 畳などと気の利いたものは無い。

 それだけこの建物が古いということだ。

 いくら来客用に手入れをされているとはいえ、賓客を持て成すためにあるわけではないということを、よく物語っている。

 囲炉裏はある。

 見上げた天井の梁は、煤で覆われ、腐食からその屋台骨を保護している。

 小さいながらも、それだけ丁寧に扱われていたと言うことだ。そして、それは今もまだ続いている。

 それでも、村の彼方此方では、その情景も色あせ始めている。

 それが限界なのだろう。

 彼等は、集落と共にひっそりと埋もれる覚悟で過ごしているようだが、その思いと反するものが、今もこうしてそれを守らせようともしている。

 「家……か」

 帰る場所を失った者達は、一体どうすれば良いのだろうと鋭児は思う。

 

 「なんか勿体ないな……」

 「鋭児……さん?」

 

 鋭児が一つ、何となしに頭の中でくるりと回した思考に対して、千霧は理解を示すことが出来なかった。それは、二人が意思疎通が出来ていないというわけではなく、本当に脈絡の内鋭児の一言だったからだ。

 

 だが、鋭児のしんみりとした一言に、長老も寂しげだが、クスリと息を漏らし、穏やかに微笑むのだった。

 鋭児の一言で解ったことは、彼等が特に裏も無く、恐らく本当にこの里の様子を見に来たのだろうと悟るのに十分なものだったのだ。

 「まぁいい。あとで、薪と炭を用意させる。幸いそっちは豊富にある」

 要するに、煮炊きするなり暖を取るなりするのは、そっちでしろということだ。

 

 屋内には蛍光灯。台所には冷蔵庫程度などがあるのだる。

 「金があるなら、ガスくらいは、仕入れてきてやるが?」

 要するにプロパンガスを使えるということだが、それは二人が長期滞在をするのか?と聞いているようなものだ。

 宿泊できる程度の場所はあるが、それ以上の物もないといったところだ。

 「そうですね……余り長期ではないですが、あまり薪や炭などは利用したことがないので、そちらがあれば、助かります」

 千霧は少し考えながら、そう答える。

 「余り外との出入りはしたくなんでな。入り用があれば、考えて置いてくれ。また後で、聞きに来てやる」

 

 長老は、そう言って二人に背中を見せて、二人の仮住まいを後にするのだった。

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