第2章 第1部 第10話

 アリス達が夜の時間を過ごそうとしていた頃。

 鋭児達と千霧もまた、宿で時間を過ごしていたのであった。

 ただ、二人の宿泊していた場所は、一般施設ではなく、六家共有の滞在施設である。

 理由は単純で、鋭児も千霧も背中に痣があり、大っぴらにそれを、世間様に晒すわけにはいかないからだ。

 それはある意味、気を遣う必要が無いという安心感もあるが、少し日常生活に支障牙で始めているといってもよかった。

 

 食事をし、浴衣で二人ノンビリと窓際で、夕景を堪能していた。

 「軽自動車を手配していますので、早朝にでも、現地へ向かいましょう」

 「どの当たりになるんですか?」

 「そうですね、この林道に入って……」

 千霧が地図を指しながら、鋭児に説明するが、その地図には分岐するする道など見られない。千霧の説明では、恐らく結界が張られており、一般人が迷い込まないようにしているのだろうということらしい。

 先遣隊がその入り口を見つけてはいるが、それ以上は進んでいないらしい。

 結界に触れると言うことは、存在が知れると言うことであり、場合によっては悶着もあり、そうなると、能力者同士の戦闘となる可能性もある。

 

 「それでは鋭児さん……そろそろ……」

 途端に千霧がソワソワし出すのである。そうなると鋭児も当然赤面をしてしまうのだった。

 

 明朝。

 

 まだ朝靄の掛かる、薄暗い時間帯。温泉地独特の匂いが立ちこめるなか、それでも心地よい空気に、鋭児は深呼吸をして、宿の正面口で待つ。

 そして少ししてから、千霧の運転する、軽自動車が鋭児の前に着ける。

 「軽自動車ですが、四輪駆動で走破性は高いタイプです。多分殆どの道は問題ないと思いますが……」

 千霧が問題としているのは、いわゆる酷道と呼ばれる状況になてはいないかということである。里の人間が幾分か、街との交流を持っているのならば、恐らくそういった問題もないのだろうが、自給自足を主としている場合の可能性も考えておかなければならない。

 

 二人の道は、山道を抜け、舗装もままならない林道に差し掛かるが、轍があり、往来が窺える状況となっている。

 ただ現状、それが里のモノなのかどうかは解らない。

 

 「このあたり……ですね」

 千霧は、ナビを見ながら、結界の張られていると思われる場所にやってくる。とはいうものの、すでに上級の能力者である千霧にも鋭児にも、一般人をだます程度の低い結界などは、もはや一目瞭然であり、確かにそこに分岐路があり、車の通った轍が続いている。

 

 ただ、日が昇り始めた頃合いだと言うことと、鬱蒼と茂る雑木林と、それを揺らす風の音が、何とも薄気味悪かった。

 「なんか、こういう所へ来ると、密教的な集落があって、入ると戻れない……なんて、都市伝説があったりとか……」

 鋭児は、少々引きつった笑みを浮かべながら、ついそういう、ネットで流行っている怪談染みた話を思い出してしまうのである。

 「ふふ。我々にはなんの問題にもならないですけどね」

 確かに千霧の言うとおりで、もはや自分達の方が怪奇染みている。確かに何の問題も無い。

 それにあるのは、能力者の集落だと解っている。

 問題は、どの程度の規模で、どの程度の能力者がいるのか、わかり得ないということだ。

 見てきて欲しいという、単純な指示ではあるが、それは千霧や鋭児のような、上位の能力者だからこそ、言える事だった。

 

 凡そ車が行き違う事すら難しい、舗装の行き届いていない道を半時ほど進むと、狭いながらも開けた集落に出る。

 時間が掛かった理由は、距離的な事よりも、慎重に運転をせざるを得ない環境だたからだ。

 徒歩よりは労力を要しないといった程度ではあるが、ドライバーとしては、なかなか神経を削られる山道だった。

 「もっと運転の技術も磨かなくてはなりませんね」

 というのが、千霧の一言である。

 

 病の集落は、田畑があり、古びた家屋が点々と存在していた。中には朽ちているのか堂であるのか、見分けの付かないものもあり、寂れつつある様子が窺える。

 ただ、二人の車が集落内に入ってきた事を知っているためか、四方から視線を感じる。

 それは完全に警戒の視線であるが、千霧は意に介さない様子で、自然体で構えている。

 「鋭児さんも、力を抜いてください。敵意はより強い警戒心を招きます」

 千霧がそういった理由は、里の者が、警戒こそしているが、直ちにどうこうしようとしているわけではな事を、理解していたからだ。

 層であるなら、細い山道で、自分達の車をどうにかしてしまえば良いだけのことである。

 

 コンコンと、車の窓をノックする音が聞こえる。

 どこから現れたかは解らないが、一人の老人が停車している二人の車に近づき、窓が開くのを待っている。

 千霧は素直に、パワーウィンドを下ろし、会話の準備を始める。

 「迷いなさったか?」

 老人は千霧に声を掛ける。

 自分達の髪色を見れば、タダの偶然ではない事くらいは理解出来るはずだ。だが老人はあえて、そう言ったのだ。

 「そう……ですね。このあたりに、秘湯があると聞いたのですが……」

 千霧は、空々しい嘘をつく。相手がしらを切ろうとしているのだから、あえてそれに乗った形である。

 この老人が、ただ者ではない事くらいはすでに理解しており、確かに自分達がこの集落に現れたときには、この老人は側に居なかったのだ。

 細道ではあるが、見通しの良い道である。自分達が気が付かないはずがないのだ。

 「残念だが、場所をお間違えのようですな。この通り狭い村落です。少し進んだ所に、少し開けた所がありますので……」

 老人は、少し集落への中へと進んだ道を指す。

 「そうですか……残念ですね……とでも、言うとでも思われましたか?この髪色を見て、お気づきなのでしょう?」

 千霧は、少しの茶番を演じた後、きっぱりとそう言い切る。

 すると、今までニコニコとしていた老人の表情が硬くなり、千霧に睨みを利かせるのである。

 「何処の手の者だ?大人しく帰ってくれないか?」

 「東雲家です。数日我々の滞在を許して頂ければ、特に何も致しません。この集落の様子を伺うのが目的ですので」

 「ふん……六家か。まだお前等はそんなことに、拘っておるのか……」

 「申し訳ございません。生活を乱す気は御座いませんので、どこか宿をお借りできませんか?」

 千霧の言い回しは丁寧だが、東雲家の名を出した時点で、すでに脅迫に近いものがある。

 ただ、彼女の言っていることに嘘偽りはないのだ。そして、本当に追い返されてしまえば、それもやむなしと言ったところだ。

 「鋭児さん、後部座席へ移って頂けますか?」

 「え?ああ」

 要するに、老人に助手席へ座れと言っているのだ。

 「ふん……」

 鋭児が助手席を譲ると、老人は、発汗横柄に思える態度で、千霧の横へと座る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る