第2章 第1部 第9話
「鋭児の奴が、戻ってきたら許可出すよう言っとくからよ。まぁ……ちょくちょく手入れしていて欲しいんだ。何ならちょっとくらいダチ連れてきてもいいからよ」
焔の思い入れは解るが、煌壮は鋭児との接点を友人として持つ気はない。同時に炎皇の部屋であるというのなら、この部屋は焔のものでは無く、鋭児のものである。
自由気ままな焔といえど、それは少々かってな行為に思えた。
ただ、手入れもされず部屋が埃にまみれるのは、確かに気が引ける。
「解ったよ」
それでも、煌壮がそんな返事をしたのは、焔がこの部屋に思い入れがあり、せめて鋭児が行為を退くか、あるいは高校を卒業するまで、できるだけ維持しておきたいという、その気持ちを理解したからに他ならない。
「てか、お前ダチいるの?」
「なんか、一人トロそうなのが話しかけてきた」
「へぇ。まぁそれでもⅠクラスに入ってんだから、ソコソコなんだろうよ」
焔は以前自分が使っていたベッドの上に少し勢いよく、そのクッションに腰を馴染ませるように座るのだった。
「知らねぇ」
煌壮は無関心な返事をしながら、焔の横に座るのである。
空調の効いていない大部屋は、矢張り若干肌寒さがある。春になったとは言え、夜はまだまだ冷えるのである。
「キッチンの奥の扉の外が、闘技場になっててよ。中々便利だぜ」
「へぇ……」
不知火家では、闘士である自分達は好きなように闘技場で練習していたが、それでも完全に個人の空間とは言い難い。
それがどれだけの広さなのかは、煌壮にも解りかねたが、自分ダケの空間がしっかりとある、炎皇というポジションは、矢張りそれなりに優遇されている事を知る。
勿論、一人だけこのような大部屋というのも、完全に格差を付けてる証拠だ。
「そうだ、焔姉!俺クラス中、最下位だぜ!?おかしくね!?」
「別にFクラス最下位じゃねぇだろうよ」
「そうだけどよ!」
煌壮は、自分がFⅠクラスの最下位であることが気に入らないようだ。
それでも、中学生時の経歴がない煌壮がFⅠクラスだというのは、不知火家の闘士であるという恩恵を受けているからだ。
「鋭児は、F4の最下位からのし上がったんだぜ。余裕だろう?」
「当たり前!けどよ!」
何も知らない小娘の評価が、彼女のプライドだけで上がるはずもない。幾ら声高に叫び散らしても、大人はそれを聞き入れるほど、寛容ではない。
「まぁ、お前が筆頭になるのは、そんなに難しいことじゃねぇよ。けどな……」
「けど!?」
煌壮は不満そうに焔に訊ね直すのだ。
「お前が筆頭になることと、それが認められるかってのは、別の話だ。確りやれよな」
「解った。やってやるよ。とりあえず筆頭にならなきゃ、黒野をぶちのめす権利もねぇんだろ?」
「まぁ、そういうことだな」
焔はクスリと笑ってベッドから立ち上がる。
鋭児を打ちのめすということは、彼を力尽くで炎皇から引きずり降ろすという意味である。
勿論それは至難の業である。しかしそれは焔としても面白い話でもあるのだ。
鋭児が追い立てられることが面白いということではない。現状煌壮が鋭児に勝てる要素はない。それでもそうして食らいつく姿勢は、高く評価出来る。
「まぁ意気込みは八〇点てとこだな」
他人をこう言う形で評価するのも、焔としては久しぶりのような気もする。
鋭児の場合は、そう言う評価が追いつかないほどに、成長したし、二学期からはそう言う余裕もなかった。
炎皇という立場にプレッシャーを感じたことは無かったが、矢張り色々なものが、肩の荷となっていたのは、間違いない事実だ。
身軽というものは、矢張り良いと焔は思う。
心の中に、幾分かの蟠りがあることは確かだが、それでも聖との件も解決をした。
「んじゃ、俺も帰るわ。確りやれよ」
「うん」
焔は、煌壮の部屋の前で、彼女と別れることにする。
そこは昨期の三年生が使っていた部屋でもある。そこでは、囲炉裏などが重吾の部屋に押しかけ妻などもしていた、少しまでだというのに懐かしい場である。
その光景ももう見ることは無いのかと思うが、囲炉裏派囲炉裏で、緋口に引っ張られており、彼女も寮には居ない。
「さて……と」
焔は待たせている大地の所へと戻ることにした。
「用事は済んだのか?」
「ああ。付き合わせちまって、申し訳ない」
「いいさ。正直聖とギクシャクしてたお前を先輩としてフォローしてやれなかったしな。その分、大学の後輩として、少しくらいは……な」
「流石、六皇一人望の厚い男……ってとこだな」
「よせよ。大したことじゃない」
「そうそう。運転してるのは僕だしね」
付き合わされている藤は、少し溜息がちになっているが、彼も別に無理強いをされているわけではない。
「話の腰をおるな……」
「はいはい」
そうしていると、大地の携帯に着信が入る。
「ああ。今からか?ハァ……解ったよ」
そう言うと、大地は電話を切る。
「魔女が今から少し飲まないかって。それで泊まっていけだと」
「……仕方が無いですね」
どうやら、アリスは機嫌が良いらしい。そもそも、それほど不機嫌な様子を見せることのない彼女だが、これほど唐突にというのも珍しいことだ。
そして、普段魔女だとなんだと敬遠してるはずの大地だというのに、こう言う誘いにはしっかりと乗ってくる。
結局夕食も食べに来ている。
「はぁ……」
焔は、溜息をつく。
「どうした?」
「別にぃ……」
煮え切らない大地だと思うのだ。
いや、抑も大地に弁当を作っていたほどの関係であったというのに、疎遠になった理由を焔は知らないのだ。その事に関しては、二人は口を噤んだままだ。いや、何となくは察している。だが、それがどれほどのものなのだろうと考える。
炎皇戦で自分を運んでくれたのも大地だし、彼に助けを求めたのもアリスだし。アリスが本当に頼りにしているのは、大地なのだろうと焔は思う。
二人には信頼関係があるはずなのだ。そしてそれは今でも続いている。
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