第2章 第1部 第12話
「さて……どうされますか?」
「どうされるっていっても。要するに里を見てこいってことは、少しの間此所の暮らしぶりを見てこいってこともあるだろ?漠然としすぎていて……」
鋭児は首を捻る。
「そうですね。蛇草姉様からは、それ以上のことは私も聞かされておりませんので……」
そう言いつつ、千霧は若干モジモジとしながら、鋭児の方をチラリと見るのである。それに気がついた鋭児も若干照れて顔を赤くする。
ただ、時間的にはまだ日は高い。加えて言うと、早朝に出たため、昼にすらなっていない。
「今のうちに、何があるか見ておき……ますか」
鋭児は少しだけ、その間をはぐらかすようにして、そんな提案を千霧にする。
「そう……ですね」
ただこれは、何処に寝具があり、風呂場がどうであったりなど、生活の流れに必要な導線を確認するという意味もあり、速やかに二人の生活を進めさせるために、必要な手順である。
そうなると、夜が待ち遠しくなるばかりなのだ。
「あ、一応数日宿泊出来る程度の食料と、小型のテントくらいは、車に積んできてはいたのですよ。まずは食料を運び込みましょう」
「了解」
何となく浮かれている千霧に、鋭児も笑みを零し、彼女の指示に従うのであった。
鋭児達は、数日本当に川釣りをしたり、山菜を採りに出かけたり、長老はないといっていたが、実はしっかりと温泉などもあったりと、完全に旅行気分である。
そもそも、持ち物の少ない鋭児は、何かが無ければ時間を過ごせないという人間ではなく、普段時間を作ることの出来ない千霧との時間を十分楽しんでいた。
出かけないときには、修行染みたことなどもしており、彼等の監視をしている村人からすれば、本当に拍子抜けだった。
それ以外の事をしている様子はないのである。
「ええのぉ若いもんは……」
一人の老婆が、時折鋭児の肩口に頬ずりをし甘えている様子を、遠目で眺め、一言漏らす。
「千秋婆さん客人の様子は?」
そんな二人の様子を見ていた老婆の横に、長老が姿を現す。
「仲睦まじくやっとるよ?そりゃぁもう、若い頃のワシ等みたいにのぉ……」
「ゴホン……うん」
少しチクリとしたその会話に、長老も咳払いを入れ、気まずさを感じる。
「このまま、里が萎むのも、寂しいのぉ」
老婆は、若い二人の様子を見つつ、活気を失って行く里に寂しさを感じるのである。
「アレは、完全に女子の方がいかれとるのぉ」
長老が黙りこくっている物だから、老婆は更に二人の様子を語り始める。要するに千霧が鋭児にゾッコンであるという事を言いたいのだ。
そして鋭児はそれを受け止めており、二人の関係が至って良好な様子が見て取れる。
「千霧さんの方が五つ年上だそうじゃ」
「千秋さん……」
「ん?」
「ワシは、監視を頼むというたのだが……」
「ええじゃろ。折角里におるんじゃ、自然薯を持っていったら、大層喜んでおったわ。ほほ……」
妙に浮かれている老婆に対して、長老は頭を痛めるばかりである。
「東雲家の連中は、何を考えてるのか解らんな」
「少なくとも、あの二人は純粋に里の様子を見に来ただけのようじゃがな。なるようにしかならんじゃろう」
長老より、老婆の方が肝が据わっているようだ。
どのみち消えゆく里だというのに、何を今さら守るものがあるのだろうと、思っているのだ。
「こういう暮らしもよいものですね……」
「そう……すね。テレビがあって、電気があって……って、当たり前だと思ってましたけど……。それでも、事があれば大変ですし、優しい現実ばかりじゃないでしょうね。冬を越すのも大変でしょうし、それでも此所の人は、里を離れたくないんだろうな……」
「そうですね。矢張り、故郷というものは、自分を形成する一つですからね。鋭児さんの家がそうであるように……」
「ええ……」
鋭児は、魚の釣れなくなった竿を、引き上げ立ち上がる。
「そろそろ帰りますか」
「はい」
鋭児が立ち上がるとお、千霧も立ち上がるのであった。
その時だった。
「いやぁ。参った参った……」
唐突に一人の男が、川上から、フラフラと歩いてくるのである。
肩まで掛かる、ボサボサとした頭髪に、バンダナと、少々時代遅れのやんちゃな中年という風貌で、出で立ちは何故かミリタリールックであり、トップスは黒のTシャツで、ジャケットを肩に担いでいる。
不意である。
不意ではあったが、鋭児も千霧も特に身構えることはしなかった。
恐らく挨拶代わりに、何かくらいはあるだろうとは思ったが、もし仮に本気で仕掛けてくるとすれば、とうの昔に仕掛けてきても不思議では無かっただろう。
何しろ状況的に、自分達より相手の方が、目視が早かったからだ。明らかに自分達を認識してこちらへやってきたといった様子である。
「手練れですね」
千霧は声を潜めて鋭児に言う。鋭児もそれに頷く。
「正面から来た方が、正解だったか……」
どうやら、少し虫に食われたかのようで、首元をしきりに掻きむしっている。だが、鋭児達には視線を向けない。
それは明らかに故意にそうしている。
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