第1章 第7部 第41話


 「龍牙!」

 

 焔は先ほどと同じくその技を放つ。そして鋭児も同じように、龍牙を放つ。

 二つの火龍が正面衝突し、互いを視界を塞ぐ。そして互いに互いの左側に回るのだ。互いの利き手の尤も遠い位置。殺傷能力の最も低い位置へと周り込もうとするのだ。

 印を描く瞬間、どうしてもそれと正対しなければならないため、足を止める必要が出る。それが技を放つ時の欠点であり、弱点である。

 技が強力になればなるほど、溜る溜の時間が必要となる。だから距離を取る。

 周り込むのは、相手が足を止め、正対する瞬間を狙うためだ。

 

 だが、そうしている間に、焔が突如足を止めて、舞台に右手を強く押し当てる。

 「紅蓮獄炎沼」

 「な!」

 準備をしていたのか。鋭児はそう思う。それは舞台全体に及ぶ技であり、逃れるなら空中しかない。間違い無くそれは、自分が磨熊戦で使った技であり、焔はそれを模倣したのだ。

 ただ、焔の方が威力は一段上である。

 理由は焔が持つ、副属性の力が鋭児よりも強いからだ。

 

 何かが来る。鋭児はそう思った。

 不完全だが、迎撃のための鳳輪脚くらいの一つは撃てる。

 だが、鋭児の思っていた瞬間より、一つ遅れて、焔の技が来るのだ。

 「龍琰連弾!!」

 十分準備されたと思われる大きな円を、焔が連打すると、鋭児は空中で鳳輪脚を撃たず、そこに力を込め続け、焔のそれを全て防ぎきるのだ。

 

 このための溜だったのか?と鋭児は思ったが、戸惑う余裕はない。

 鋭児は、着地と同時に、隙だらけの焔に強襲をかける。

 「火龍拳!」

 鋭児は、大技ではなく、接近戦での攻めを決める。焔が大技を放つ瞬間を狙うと考えたからだ。だが現実は違った、鋭児の攻撃に対して焔は、防戦になる。

 足が完全に止まり、防御を固めるのに手一杯という形になる。

 「飛龍脚!」

 焔は足に溜め込んだ印を開放し、回し蹴りを一つ入れる。それに対して鋭児は素早く身を引いた。

 

 一つ間が開く。

 

 異様なタイミングだった。

 様子見をする鋭児に対して、焔が睨みを利かせる。

 「何日和ってんだバカが!」

 「違和感を感じれば、引くってのは鉄則だ!アンタはそういうの上手いからな」

 「ああ……そうかよ!」

 これまで、それらしい会話など挟まなかった。挟む必要もなかったのだ。互いの心意気がそれだけで解る拳での会話が急に見えなくなったのだ。

 それはまるで焔が心を閉ざしたようにも思える。

 

 焔はゆっくりと、鋭児の隙をうかがい、彼の回りを回り始める。

 鋭児は舞台中央にいるため、感覚を研ぎ澄まし、焔の動向に注意を払う。

 

 〈やべぇ。今、一瞬止まりやがった〉

 焔は呼吸を整えながら、自分の身体の異変に気が付く。それは彼女が恐れていた現実に他ならない。それほど強力な技は放っていないはずだ。

 いや、紅蓮獄炎沼は、小さな技ではない。少なくとも大河の防御を打ち崩すほどの技である。双龍牙程度の消費はある。

 見誤ったわけではない。現状彼女の最高難易度の技となると、双龍牙双脚となる。

 〈早く。早くキメねぇと!〉

 焔の心に焦りが出る。

 自分が倒れてしまう前に、鋭児との勝負の瞬間を作らなければならない。

 

 それと同時に焔は考える。鋭児を警戒させながら考えるのだ。

 少し自分の状態が持ち直す時間を稼ぎながら考えるのである。

 

 鋭児は確かに、一瞬空中で止まった。そして自分の攻撃を受けた。

 恐らく集約された気の力がその瞬間に、浮力となったのだろう。鋭児はそれを理解しているのか。いや、慌てる様子は無かった。彼はそれをコントロールしている。

 格段に上がった気のコントロールが、今の僅かな浮遊に繋がったのだとすれば、彼は鳳輪脚を更に進化させているに違いない。

 〈もう少しだ。もう少しもってくれ!〉

 焔はそれに奮い立つ。あの時ぶつけ合った技よりも格段に精度を上げた鋭児の鳳輪脚が自分を待っている。それを思うと、失い欠けた活力が再び彼女に戻る。

 そして、言い聞かせるように自分の胸を一つ叩くのだ。

 

 何かの気合いの動作なのか?

 鋭児から見ても不自然なそれだったが、焔の目はそう言っていない。

 その目を見るだけで、鋭児は反射的に構え直す。

 腰を落とし、拳を構え、焔をじっくりと見据えるのだ。

 

 そして、鬼気迫る表情の焔と、それに気圧されないように踏みとどまる鋭児の更なる猛攻が繰り広げられるのである。

 そうなると、技を打ち合うような誘い合いなど、ないのでは無いかと思えるほどだ。

 

 だが、そんな激しい打ち合いの中、一瞬だけ焔の身体が揺らぐ。鋭児の攻撃を受けた焔の身体が、傾いたのだ。

 この気を逃しては、もう次に仕掛けるタイミングはないではないか?と、鋭児に思わせるには十分時間を費やした打ち合いであった。

 それが焔の限界が近づく瞬間だとは、夢にも思わない鋭児である。

 ただ、理解出来ることは一つだけある。焔が最高の技を放った瞬間。それが彼女の引退を告げる瞬間なのだと。

 鋭児が焔の隙を見計らおうとした瞬間、焔は体勢を立て直しつつ、鋭児を見据える。

 「火炎林!」

 それは双方同時のタイミングだった。恐らく考えて居ることは同じだったのだろうが、体勢を崩している焔の方が後手であるには違いない。

 

 ただ、一度空中で体勢を作らなければならないのは鋭児の方である。

 そのための火炎林である。

 互いの視界を奪い、熱で互いの位置を消失させたその瞬間、すでに二人は体勢を作っていた。

 

 焔の両足には、龍が浮き出ている。まるで、彼女の足を上り、彼女そのものを喰らい尽くすように勇ましい龍の刻印である。

 それと同時に彼女の身体は、自分の全てを燃焼させるかのように燃え上がるのである。

 

 その間鋭児は宙を舞い、今当に獲物に襲いかかる鳳のように、両手を広げ、頭を下に両手を目一杯広げる。

 互いに溜のいる大技だ。

 鋭児は宙で体を捻り、五本の指で円を描き、そしてその内側に六芒星を描く。

 焔は、両足に気を送り込み、足先に、円を伴った六芒星を描き、左右に三十度開く。

 そして、その彼女の周囲にもう一つ大きな円と同じように星を描くのだ。

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