第1章 第7部 第40話

 防戦だった鋭児だが、ガードの下から覗かれるその眼光には全く陰りがない。

 そして、強打を狙った焔の一発に合わせて鋭児がカウンターを放つ。

 

 リーチは鋭児の方が長い。

 幾ら焔に天賦の才があろうとも、その身体差は埋めようがない。

 

 それにしても流石だと、焔は思ったのだ。

 鋭児はあの岩見の猛攻ですら受けきっている。勿論それは耐え忍んだ結果であるが、鋭児にはそのタフネスがある。彼を防戦に追い込んでも、それは自分の優勢だと思わない方が良い。

 改めて焔にそう確信させるのである。

 鋭児のカウンターは焔の頬を僅かに焼く。勿論先ほど焔の打撃を掠めた鼻先も、若干赤くなっている。

 

 ただカウンターを受けたからといって、間を空け試合を仕切り直す気は無い。鋭児が拳を戻すよりも早く踏み込み、焔は右の拳で、薄くなった鋭児のガードの上からワンツーと打ち込むのだ。

 互いにまだ一つ、技を打ち込む隙を作れない。

 いや鋭児は着々と準備を進めている。焔はそれを知っている。彼は動き回りながら、地に刻印を仕掛けて行っているのだ。

 だとすれば、いずれかのタイミングで火炎林が来るはずであることは、予想出来る。

 恐らく、それが自分達の最終奥義を繰り出す狼煙になろうこともだ。

 

 焔が上手いところは、しきりに牽制のパンチで、鋭児の視界を奪うことだ。

 突き出された拳で、一瞬焔の姿が見えづらくなる。勿論それに対するガードもするし、カウンターも狙う。

 しかしそうしていると、ガードが上がった瞬間に、すっと脇腹に、ミドルキックが入ってくるのである。

 

 一見して地味な打ち合いであるが、それでも牽制程度にしかならない。

 

 「あの二人、ローキックは入れないんだな」

 これほど純粋な打ち合いならば、当然そう言う基本的な攻撃もあるだろうと大地は踏んでいたが、その傾向は見られない。

 大地は少々小首を傾げる。

 「まぁ、日向にとっちゃ、足は奥義の生命線だからね。鋭児君は狙わないでしょ」

 風雅がそれを解説する。

 焔とその周囲での出来事に関しては、何となく耳にしているのだ。当然鋭児の暴れっぷりも聞いている。

 焔との最高の勝負をするには、それを損なうことはない。

 鋭児らしい考えだし、当然それに気がつかない焔ではない。だから焔も同じように狙わないのだ。

 鋭児にとっても、上空に舞い上がり、巨大な刻印を蹴り飛ばす鳳輪脚に、その足は必要である。

 「まぁ狙ったところで、あの二人殆ど見切ってるよ。イチミリ動作を狂わせるタイミングを狙ってるんだ」

 

 そして、その瞬間がやってくる。

 焔が、リズム良くジャブを繰り出すと鋭児は、慣れた様子でそれに対応する。

 だが、その慣れた動作がまさに、焔の狙っていた瞬間でもある。いつもより速い動作余裕のある構え、鋭児は焔の拳だけを見ている。

 だが、その拳に可隠れて、焔は空いている左手で小さく空刻をし、力一杯鋭児を殴り倒す。

 早く整った鋭児の防御態勢ごと、拳を目一杯振り抜くのである。

 これに対して、鋭児は完全時上体をぐらつかせる。

 間髪入れず、焔は舞台に刻印を入れ、それを蹴り上げ、宙に浮いた刻印を左回し蹴りで、蹴り飛ばすのだ。

 それは一頭の龍となり、鋭児に襲いかかる。

 技名は、龍牙といい、焔の使う双龍牙の原型となる技で、威力は中といったところだ。

 鋭児は大きく吹き飛ぶ。

 完全に焔のペースで試合が運ばれると思った瞬間、彼女の眼前に火柱が一本立ち上る。

 それは完全に自分との距離感を狂わせるのには、十分なものであり、鋭児はその間に体勢を立て直すのだ。

 「やっぱ仕掛けてやがったか」

 「当たり前……」

 焔が攻撃の中で、タイミングを狂わせるのが上手いことは、鋭児も知っている。初見相手にならば、鋭児も同じ事をするだろうが、技を含めたコンビネーションを含めると、焔の方に一日の長がある。

 鋭児が同じ事をしても、焔に見切られてしまうのは、当然と言えた。

 ならば、鋭児が狙うのは焔が、技を仕掛けてきた直後である。

 

 そして焔は、その会話の呼吸すら見逃さない。

 開いた間をあっという間に詰め寄り、再び打撃を繰り出す。

 互いに何度も紙一重で見切るが、拳か蹴りから棚引く炎が、容赦なく互いの表皮を焦がす。

 そして、次に鋭児が拳を繰り出した瞬間、焔はそれを防御するのではなく、確り当家に掛かる。続いて鋭児は、左手で拳を繰り出すが焔はそれも受け止める。

 ただ、受け止められる事は理解しており、受け止められる直前に、鋭児は焔と組み合う選択肢を取る。

 単純な腕力では、鋭児の方が上であり、組む事は焔に取って不利だ。

 ただ、至近距離に迫った焔は、鋭児に膝蹴りを飛ばす。

 これは鋭児も見逃さない。そして、このシチュエーションは、焔の部屋で特訓を受けたときと少し似ていた。

 当然見切れたのは、焔の蹴りだけではない。

 鋭児は焔の膝蹴りを躱すが直後に、焔のつま先が蹴り上がり、鋭児の顎を掠める。

 鋭児は掴んでいた焔の手を離し、焔もまた数歩退く。

 そして、互いにつま先で地面に六芒星を刻印するのだ。

 

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