第1章 第7部 第29話
だが疑問が解消されたわけではない。
テレビなどで超常現象や霊媒師など、胡散臭いバラエティでもあるまいと、思うようなことが現実に目の前で起こったことに対して消化も出来ていない。
そして、千霧もそれそのものを誤魔化そうとしている素振りもない。
他言無用だといっているならば、大っぴらに派出来ないものが、そこにはあるのだと美箏も理解出来る。だとすれば、アリスは可成りの危険を冒したことになる。
鋭児の身内だということだけで、どうにも腑に落ちない。それは千霧も分からない。だとすれば、アリスに聞くしかない。電話番号は交換している。
しかし、他言無用という言葉が気に掛かる。
外に知られては拙いということは、余り安易な手段でそれを尋ねることもまた、問題なのでは?と思う。
「また、春休みに遊びにきてくれるかな……」
それは、間違い無く千霧に対して、美箏が探りを入れた瞬間だった。美箏は別にアリスと懇意にしたいとは思ってはいなかった。厳密に言えば、まだそこまでの感情移入をするほどの人間ではないということだ。
単純に言えば、付き合いが浅いだけだとも言える。
「さぁ……私と彼女はそれほど付き合いのある方ではありません。ですが――」
千霧は少し考える。それから再び口を開く。
「鋭児さんがお越しになるならば、彼女も喜んで、顔を出すのではないでしょうか?」
「そう……ですね」
「所で……」
そういった所で、千霧が急にソワソワとし始める。
「?」
「鋭児さんの……しん……寝室というのは……」
あからさまにモジモジとし始めている千霧に、美箏は苦笑いをするが、彼女が鋭児に惚れている事実を知ると、ヤキモチを妬かずにはいられない。
すると、炬燵の上のティーカップなどが、カタカタと音を立て始めるのだ。
「地震?」
美箏自身は、それが何のために起こっているのか、全く理解出来ていなかったが、千霧には直ぐにそれが誰が原因なのか、理解していた。
そして、美箏が自分の能力に対して、全く気がついていないことも知る。
アリスのことは、紛いなりにも説明はしたが、それと同類である事を美箏に伝えるには、まだ時期尚早であると、千霧は考える。
ただ、彼女が何らかの異変に気がついた時、何時でも対処出来るように手を打っておかなければならない。
「あ、鋭児君の寝室ですね」
美箏は直ぐに話題を元に戻す。
「良いのですか?」
千霧は、自分一人でこの場所を訪れた時の場合、そこまで拘ることは無かっただろうが、矢張り美箏が目の前にいるため、好き勝手に動くことに対して、憚れるものがあったのだ。
ただ、彼女が鋭児の事を慕っている仕草をこれほど見せられては、美箏としても否が応でも気が付かずにはいられない。
そして彼女が鋭児のガールフレンドの一人であることも、美箏は知っている。
だが、美箏はそれに対して意地悪をする性格ではない。そして鋭児の性格から、彼女と秘密裏に付き合っているというわけでもないのだろうし、寧ろ鋭児であるならば、焔か吹雪に絞り混みそうであると、美箏は思う。
そんな鋭児が、優柔不断に三人との女性と交流を深めているのだとしたら、何となく焔の入れ知恵なのだろうと、美箏は察することになる。
そして、先日の鋭児の反応からして、彼も千霧のことは満更でもないのだという事が解る。
「鋭児君の事好きなんですね」
鋭児の部屋に向かう時、美箏はついそんなことを口にしてしまう。
「え?あ……」
「アリスさんに……」
「ああ、魔女が……ですか」
千霧は恥ずかしそうにしている。だが、知られて拙い事実ではない。
魔女というキーワードが美箏としては気になる所であるが、恐らく奇術を使うからこそのあだ名なのだろうと、美箏は思った。
その事も詳しく聞きたいことではあるが、それは自分を助けてくれたアリスという存在に対してあり、その不可思議さについては、特に今知る必要はなかった。
そんな特殊な力を、自分の為に晒してしまうアリスの気持ちは確かなものなのだろうと、美箏は思った。
「鋭児君のどういう所に?」
これは、少し美箏の嫉妬の入った質問である。彼女がそう言う気持ちを心に抱くと、途端に周囲に何かしら、振動が起こる。
ただこの時は、美箏が千霧との会話を優先していたため、それに気が回っておらず、千霧だけがその事実に気が付く。
「鋭児さんは、才能のある方です。そして、その才能をひけらかさず、誰かのために使える方です。眼差しも真っ直ぐで、恐れにも立ち向かえる素晴らしさに、私は心を奪われてしまいました」
千霧は迷い無く自分の思いを語る。
静かな見た目である千霧だが、思う以上に真っ直ぐな物言いをする人だと美箏は思った。そしてその気持ちに鋭児が応えたのだろうと、言うことも何となく想像は付く。
ただ、その後ろに、焔の姿が見え隠れするのが、溜息の下である。
「千霧さんは、真っ直ぐな方なんですね」
「あ、いえそんな……私はただ……」
人とのコミュニケーションが余り得意ではない自分は、臆病な人間だと彼女自身は思っているのだ。
「鋭児君は、そういう人好きだと思います」
これは、美箏の本当の気持ちである。であるなら、自分の気持ちを素直に口に出来ない自分は、益々後れを取るばかりだと、同時に思った。だからこその言動なのである。
「鋭児さんは……、鋭児さんは美箏さんにすごく感謝していましたよ?鋭児さんもきっと、美箏さんの事は、大事にしたいと思っているはずです」
千霧は美箏と鋭児の関係を強く知っているわけでは無かったが、鋭児との短い時間のことで、彼女の事は口にしており、感謝の言葉を口にしていた。
「大事に……ですか」
しかし、美箏にはもっとほしい言葉があった。
「私はおそらく、炎皇……いえ、焔さんにも吹雪さんにも勝てませんが、それでも彼が私の気持ちに応えてくれたことを、嬉しく思います」
それは少し寂しい話ではないか?と美箏は思うのだ。自分が一番だという気持ちが、千霧には欠けているいるのではないかとも思ったが、千霧が言いたいことはそういうことでは無かった。
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