第1章 第7部 第28話
千霧は車をコインパーキングに止める。
美箏を降ろしてから、車を置いても良かったのだが、今は少しでも美箏を一人にしない方が良いと思ったのだ。
「立てますか?」
千霧は車の停車後、美箏に尋ねると。美箏はフワフワと宙に浮いたような感覚を感じながらも、どうにか一人で歩けること確認し、コクリと頷く。
「少しお待ちください」
それでも、返事を聞いて尚、千霧はまず自分がおり、それから助手席の美箏を手を引いて、彼女を支えて立たせ、それから漸く美箏が立てるかどうかを確認するのだ。
心身が正しくそれを認識しているか?という単純な話で、強情さは必要の無いことなのだ。
「では、参りましょう」
千霧は美箏の手をそっと取り、まだ少しおぼつかない美箏の歩幅に合わせ、歩き始める。美箏と千霧では、千霧の手の方が俄に大きい。ホッソリとしているが、それでも確りとしている。女性であるが力のある手をしているように、美箏は感じた。
決して厚みのある手では無かったが、それが感じ取れる。ただ、少しヒンヤリとしている。
勿論、それは機構の姓でもあっただろうが、体温だけなら、自分の方が高いのでは無いか?と、美箏が感じるほどだった。
家の鍵は、美箏では無く千霧が開ける。
「た……ただいま……です」
千霧がボソリとそんなことを言う。と、途端に耳まで真っ赤になり急にしゃがみ込んでしまうのである。
それから、スクリと立ち上がる。ただし顔は美箏から背けられている。
「こ、コホン。な……何でもありません」
頬の赤みが取れないまま、千霧は咳払いを一ついれて、冷静に戻ろうとしているが、美箏は千霧が何をしたかったのかが解らない。
旧家である鋭児の家は、それほど防音設備が確りとしているわけではない。
完全ではないが、室内は外気温に等しい状況である。
前回鋭児が訪れたときは、美箏がすでにストーブなどに火を入れ、美箏が迎え入れてくれる準備を十分に整えた後の事だったのだ。
玄関は寒くとも、居間はやキッチンは、十分に暖の取られた状態であった。
だから、美箏にとってはそれほど珍しい状態でもないのだが、人の居ない家がこれほど静まり帰り、冷えているということを、千霧は初めて知る。
そこにはなんとも言えない一抹の寂しさというものがあるのだ。
生活感が残されていつつも、誰も居ない家。それは祖母を亡くした鋭児の心境そのもとも言えるほどの、寂しさのようでもある。
千霧はそれを感じてしまうのである。
部屋の暖を取ったり、茶の支度などは、美箏がしてくれることになる。
当たり前だが、何処に何をしまっているのかは、美箏が一番知っているのだ。当然鋭児よりも知っている。彼女が尤もこの家に、高い頻度で姿を現しているのだ。
「まずはお怪我がなくて、何よりでした」
「え……あ、はい」
ホッと一息を着いて、最初に千霧が切り出した言葉がそれだった。まずは彼女が一番だということだ。
「それで、魔女……。いえ、黒夢アリスの件ですが」
「はい」
千霧はそこまで言うと、少し言葉にしがたそうに、口元に手をやる。
「風間……さん?」
美箏は千霧が筆舌に尽くしがたい千霧の様子を見て、少し怪訝に彼女をのぞき込む。
「陰陽師と言えばいいのでしょうか。そう言う家系なのです」
これは嘘だった。能力者と陰陽道は全く因果関係はない。
いや、能力者でも術師的な彼等の性質はそうであり、聖域でる社寺でのノイズは、闇属性の能力を減退させるが、それは聖質による因果でというだけのことだ。
「え?」
美箏は否定したがった。だが、それを否定すると、自分を助けてくれたアリスを否定しなければならない。その事実が無ければ、自分の身の上には、きっと悍ましい出来事が起こっていただろう。
そして何よりそういう出来事があったということを信じてほしいのは、美箏自身であり、逆に彼女がその出来事を千霧に、説明しようとしていたのだ。
それが逆になる。
「私も……そうですが。何というか、ですから、あまり口外は無用でお願いします。彼女がそこまでしなければ成らなかったということは、それは貴方の人生にとても必要で重要な事だったと思うのです。きっと貴女を気に掛けていたのだと思います。何故なのかは、解りませんが。貴女が鋭児さんにとって、大事な人であれば、尚のことなのかも知れません」
単純な解釈をすれば、アリスが鋭児を気に入っているから、美箏を助けるに至ったということなのだが、それだけアリスが鋭児を気に入っているという証明にもなる。
鋭児の大事にしているものは、アリスも守るというその解釈に、千霧は説明しながらも、若干のヤキモチを妬かずにはいられない。
この案件がもし、巡り巡って、悪い方向で知られることになれば、アリスは何らかのとがめを受けかねない。
「風間さんも……とおっしゃいますと?」
「あ……それは、えっと。他言無用です」
それは迂闊だったと千霧は思った。要するに自分達の世界という括りだたのだ。
「鋭児君……も」
頭の回り始めた美箏は非常に悟りが早い。これには千霧も若干あたふたとし始める。彼女が才女であるというとを忘れていた。ましてや女の勘は鋭い。
「えっと……その……鋭児さんは、非常に格闘センスが優れていまして……ですね。炎皇……いや、その日向さんも、格闘が得意ですね……色々分野というものが……」
千霧の決定的な欠点は、他人慣れしていないということである。彼女も決して頭の周りが悪い人間ではない。でなければ、蛇草の右腕などはしていられない。
ただ饒舌な方ではないのだ。
美箏をフォローしようとする優しさが、徒となってしまっている。
「兎に角……他言無用でお願いします」
千霧は完全に撃沈して、年下の美箏の前で、項垂れてシュンとしてしまっていた。
そんな千霧の愛らしい一面を見て、美箏も少し笑みを零してしまう。何とも人間くさいところをがあるのだと、安心してしまったのだ。
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