第1章 第7部 第25話

 保健室の扉が開けられる。

 「ほんと……急に呼び出したかと思えば……あのエロ教頭……聖職者が聞いて呆れるわ。いや、生殖者かな?」

 破廉恥な冗談を飛ばしながら、あっけらかんとした声の女教師が、椅子を軋ませながら、デスクに向かう音がする。

 組まれた足はスラリと伸びており、白衣がよく似合っている、凜々しい美人といったところだ。女子の悩める相談を、なんでも聞いてくれそうな頼りがいのある面持ちであり、非常に若々しいし、実際二十代中盤といったところだ。

 名は依沢祝子という。

 「あの……」

 美箏の理性は紙一重保たれたといったところだ。そして、決して保健室の無断使用ではないことをアピールすべく、彼女は保険医の前に顔を出す。

 「ん?どうしたの?具合悪いの?怪我?」

 急にベッドの方から姿を現した美箏に若干驚きながらも、彼女はすべき対応をするのである。

 「少し……熱っぽくて……ベッド借りてました」

 「ああ……」

 病気と言うほど美箏の顔色は悪くなく、どちらかというと若干紅潮気味であり、耳も少し赤い。

 「教室の暖房で逆上せた?」

 「かも……しれないです」

 「あらそう。一応体温測りましょうか……」

 体温は正常だ。というより、保険医と二人でいることで、彼女は理性を保てており、体温が下に戻ったといってよい。

 「ふむ……まさか彼氏の事を考えて、逆上せちゃったとか?」

 「ち!違いマス!彼氏……だなんて」

 彼女としては、少し冗談を絡めての発言だったのだが、美箏は大慌てをする。あからさまに異性のことを考えていたと言っているようなものである。

 真面目そうな美箏がそんな悩みを抱えているのだから、矢張り青春なのだなと依沢は思うのだが、それにしても純な反応である。

 「冗談よ。学生時代、悩むのは大いに結構!過ぎるのは駄目だけど……」

 「だから、そんなんじゃ……ないです」

 だが、美箏は直ぐに鋭児に身体を寄せて眠った夜を思い出す。鋭児は自分を、どう感じたのだろうか?と、想像してしまうのだ。

 「そうね……今日は帰りなさい。あと、寄り道はほどほどにね」

 彼女はサボタージュを安易に認める発言をする。学校医としてはあるまじき発言だが、美箏を見る限り彼女に必要なのは、学業以上に胸の内の整理であると思ったのだ。

 そういう余裕も時には必要であると、単に人生の経験則だ。

 

 普段自分の見慣れない時間、見慣れない場所、感じられない空気は、なんとも新鮮であり、それは自ずと視線を変えることになる。

 勤勉な彼女には解らないことだが、社会は思いのほかいい加減に出来ているし、学生が思うほど立派ではなく、意外と何とかなって行くものなのである。

 

 美箏は一人下校する。昼にもならない時間に帰宅するのは、本当に人生で幾度もあっただろうか?しかも、健康な状態で、校外に出たことなどほぼ希だ。

 勿論授業がやむを得ず短縮された場合などは他だが、そんな場合は、他の学友も同じ行動を取っており、そこには不自然さはない。

 しかし今日は彼女一人である。

 自分一人が、他人と違う行動をしている。

 そんな経験は本当に希である。

 アリスが心の箍を一つ外したが、依沢は彼女の環境的な箍を一つ外したことになる。そんな依沢は、帰り際の美箏に、紙に包まれたとあるモノを渡す。

 美箏はそれを見て、一瞬卒倒しそうになったが、依沢は美箏の何かの感情を察していたらしい。何事にもマナーは必要なのだと。それだけは一つ言葉を添えられてのことだ。

 美箏はそれを思い出すと顔を赤くするが、確かに自分はそれに対する興味を持ち始めている。

 「鋭児……君」

 美箏は、依沢の言うとおり、少し頭を冷やすことにした。

 場所は、初詣に行った神社である。普段は閑静で趣のある大社で、拝殿の他に。いくつか小さな社がある神社で、そう言う場所は木々に囲まれており、より神聖さを醸し出していた。

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