第1章 第7部 第20話

 第二戦目となる。

 

 舞台に現れたのは矢張り吹雪だけだった。

 そして、アリス側の舞台袖には、鋭児だけがいるという状況である。そして、そんな鋭児を見ると、吹雪が舞台の上に手招きをする。

 そんな吹雪の姿は、何とも愛らしい。

 「矢張り黒夢アリス選手は?」

 と、審判に質問をされる鋭児だった。

 本来なら、こういう段取りは、試合開始前に行われるのだが、六皇戦ではあえてこのようなやり取りを見せている。

 直前までなにがあるか解らないといのが、代々彼等六皇の気性をよく現していると言って良い。

 「はい。寝てますね、ぐっすりと」

 「では、雹堂選手の不戦勝ということで、双方問題ないかな?」

 「そう……ですね」

 これは当然鋭児の台詞である。そして、それしか答えようがないのである。

 「所で鋭児クンその黒い糸何?」

 「なんかマーキングされちゃって……取れないんですよ……」

 「ふーん」

 そう言って、吹雪が糸を手に取り、指で捏ねてみるが、分解できるわけでもなさそうだし、アリスのすることだから、特に悪意?はないのだろうと、吹雪は思う。

 ただ、アリスが余程鋭児を気に入ったらしいことだけは、理解出来た。

 「我慢も大切なんですからね?」

 と、ぷっと頬を膨らませた吹雪が鋭児を少ししたから睨むが、余り迫力は無く、そう言う吹雪の表情の豊かさは、逆に鋭児をドキリとさせてしまう。

 「わ、解ってますよ」

 今は、千霧との気持ちも育てなければならない。その中でアリスに手を出すのは、確かにないことである。鋭児としてもそんなつもりはないのだ。

 だから気は着けているつもりなのだが、どうやら、アリスの押しの強さに押し巻けそうな気配は見えている。

 「じゃ……また後でね」

 そう、吹雪が鋭児との距離を近づけ、彼の耳元でさらりとそう告げて、舞台を降りるのだった。

 

 第三試合目となる。

 これが六皇戦最後の一戦となる。

 聖対焔。

 二人の間に因縁があることは、多くの人間が知っていることである。勿論噂程度にしか知らない人間も含まれてのことであるが、当然聖が炎皇である陽向一光を殺し、現炎皇である日向焔が、その敵を討つというのが、大凡の理解である。

 だが、どうして去年炎皇である焔は、そうではなかったのか?となる。

 簡潔に言えば聖が取り合わなかったからだ。つまり焔の不戦勝ということになる。だから焔は聖に逃げないように釘を刺したのだ。

 そして、聖はそれに答えている。

 つまり今年は、二人が舞台の上に立つと言うことだ。

 そして、二人はすでに舞台の上にいる。

 「日向……」

 聖は労りを含め、少し残念そうに焔にそう呼びかける。だが焔はそれに答えない。

 「まずは少し、話さないか?」

 そういって、普段手刀を武器として戦っている聖が拳を作り、それを焔に向けるのだった。

 「上等だ」

 そう言って焔も拳を作り、聖にそれを向ける。

 そして拳を向け合ったまま、互いの間合いを図り始める。

 それは焔にとっても好都合であった。普段接する事のない聖との感覚を知ることが出来るのだ。何より消耗せずに済む。

 何故なら焔の中で、まだ決断が鈍っていたからだ。

 一光の後を追うか、鋭児との一戦にその力の全てを注ぐか――――。

 

 焔が剛の拳ならば、聖は柔の拳という具合で、鋭く直線的な焔に対して、聖は流動的だ。

 絶えず攻撃的な焔に対して、聖はカウンター狙いである事が多い。

 それでも動きとしては様子見であるには変わらない。ただ、現在の焔には、余り多くの糊代が残されているわけではない。

 動きに余裕がないわけではないというのに、解放出来る上限が極単に低い状態にあり、彼女自身も非常にもどかしい戦い方を強いられている。

 そのぎこちなさは、当然聖にも伝わるのだ。

 「まず一つ。君も知ったんだろう?一光の事……」

 「ああ」

 「だろうね」

 「だが、アンタが一光を殺したことには、変わりない!」

 焔の鋭い回し蹴りが、聖に飛ぶ。そして、聖が退いた瞬間に、彼女は素早く六芒星を床に描き、右足でそれを宙に蹴り上げ、左の後ろ回し蹴りで、それを一光の飛ばす。

 聖は、両手を正面に向け、そこに光の六芒星を描き、焔の飛ばした火炎弾の威力を相殺するのだった。

 「一光は友人だったんだ」

 聖は構えを解き、焔に正対する。そんなことは焔も解っている。そしてだからこそ、彼の信念が傷つかないように、誰にも知られないように、彼の心臓を潰したのである。

 勿論知っている人間は知っている事実はあるが、家として知るのは不知火だけで、部外者だけで知るのは本当に蛇草だけという事になる。

 「だったら!」

 「だったら、君はどうするんだい?」

 二人は戦いながら、会話を続ける。ただ、本当に会話の余裕を挟むことの出来る程度の、運動量であると言えた。

 「アンタを一発ぶん殴るんだよ!」

 焔が拳を振りかぶり、聖を殴りつける。そして聖はそれを躱さず、そのまま焔に顔面を殴られるのだ。

 誰も信じられなかった。あの聖が、このレベルでの戦闘で打撃を許したのだ。明らかに躱さなかった。

 殴った焔も驚きである。だが理由は分からなくはないのだ。彼は単に焔の気持ちに応えただけに過ぎない。ただ焔が殴りたかった聖はこんな聖ではない。渾身の戦闘の中で、目一杯気持ちを込めた拳を、振り抜きたかったのだ。

 「んだよ!チクショウ!」

 聖は倒れはしなかった。ただ、撃たれるままに向かされた首を、そのままにして、焔を静かに見る。

 「そうじゃネェだろ!違うだろ聖!」

 焔は気持ちが抑えられなくなり、遣り場の無くなった怒りと悲しみをぶつけるために、聖を押し倒し馬乗りになり、彼の顔を何度も殴打する。

 解っていたのだ。そんなことを幾ら繰り返しても、気持ちが晴れる訳でもなく、何かが残るわけでもないのだ。だが、ただ気持ちが収まらない。それどころか殴れば殴るほど、自分の気持ちが荒れ廃るのが解る。

 それでも、拳を振り下ろすの止められないのである。

 明らかにおかしい。焔も狂っているが、為すがままになっている聖も異常だ。

 だが、聖は一切根を上げていない。

 しかし、そんな中、それに終止符を打った男がいる。

 焔を後ろから羽交い締めにして、彼女を持ち上げ、聖から引き剥がした。

 「だれだ!」

 「日向!もう止めよう!」

 重吾である。重吾が羽交い締めにして、焔を引き剥がしたのだ。純粋な腕力や、こういった静止状態の重吾は、如何な焔であても逃れる事は出来ない。

 「テメェ!重吾ぉおお!」

 焔は持ち上げられ、足を宙に浮かせバタつかせる。完全に子供のようにあしらわれている。

 「今のお前に何が見えてるっていうんだ!オレの気配にも気がつかないくせに!!!」

 普段焔を少し上において、彼女を立てている重吾だが、この時ばかりは友人として振る舞うい、彼女を制止した。

 「コイツは!コイツはぁあ!」

 「そんなことしたって、一光さんは喜ばないだろ!ちゃんと勝たなきゃ意味が無いだろ!」

 「っるせぇ!テメェにオレの何が解るんだ!一光の何を知ってンダよ!」

 「解らんよ!解らんが、お前がそんなで、黒野が!黒野が悲しむだろうが!オレだってそんなアンタを見たくない!ちゃんと前向けよ!」

 「解ってるよ!んなの。でも早くしねぇと、オレの中でどんどん気持ちが薄れちまうんだよ!今思う存分殴っておかねぇと……もう!」

 焔はそこで、暴れるのを止めて、力なく両腕を降ろして、ただ泣く。

 気持ちの有るうちに、聖を殴っておきたい。重吾にはそう聞こえたのだろう。だがそれは違うのだ。鋭児と戦った後には、自分はもういない。だから譬え痛みだとしても、聖に自分を刻んで貰わなければならなかったのだ。

 ただ彼女の思っていた形とはまるで異なる。これでは、なにもかもままならないではないかと、それが悔しくてならなかったのだ。

 「しょ、勝者聖誠哉!」

 当たり前だ。焔のセコンドである重吾が割り込んだのだ。これは焔サイドのルール違反である。ただ、彼等にはどうでも良いことである。

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