第1章 第7部 第19話

 そう思い、鋭児はシャワーでも浴びようかと、アリスの側から離れようとした時だった。

 何故かアリスがきっちりと鋭児の服の裾を握っているのである。

 どのタイミングで?などとも思うが、確りと捕まれているのは確かだ。

 「いや、ホントに寝てるんだろうな……」

 流石に疑問に思わずにはいられない鋭児であった。

 「フロ行くだけなんで、安心していいですよ」

 鋭児が言い聞かせるように、その手に触れると、アリスの手も自然に離れる。益々怪しい限りだが、彼女自身はスースーと寝息を立てて穏やかに眠っている。擽ってもよいのだが、矢張り女性であるし、それも気が引けるし、仮に理解していたとしたら、後から何を言われるか分かったものでは無い。

 それは、やめておくことにしたが、アリスが鋭児の服の裾を離したはいいが、そこから黒い糸が一本繋がっている。

 「え、いや、マジで?」

 鋭児が服をまくり上げると、インナーに使っているTシャツを透過して、内側に繋がっている。勿論物理的な糸ではなく、間違い無く気で編み込まれたものだ。

 「うわ……怖え……」

 確かに、魔女と言われる彼女にそんなことをされると、なんの呪縛なのかと思わずにはいられないが、鋭児のそれはそういうわけではなく、何故かその過保護っぷりが度を超していると思えたのだ。

 糸は繋がっているが、シャワーを浴びるにも、夕飯を取るにも差して困らない。

 ただ、室内から出ようとすると、糸が完全に張り詰めてしまうので、鋭児の行動半径は自ずと決まってしまうのである。

 

 五日目となる。

 

 第一戦目だが、すっかりやる気を無くした風雅が其処にいた。それは、大地とやるのがつまらないというわけではなく、矢張り前日のプロポーズ大作戦が尾を引いているといったところだ。

 

 「おい、風雅。みんな俺たちの戦いをだなぁ」

 「あん?戦いたきゃ、上がってくればいいっしょ……」

 「いやそう言う意味ではなくてだ。六皇としての……だな」

 「ん?あーはいはい。んじゃ審判初めていいよ」

 風雅がだらしなく仕切ると、審判は大地と視線を合わせ、彼が頷くと試合の幕は切って落とされる。

 「素戔嗚!」

 やるきの無かったはずの風雅が、気合いを入れるようにして、そう叫ぶと、彼の周囲に暴風が巻き起こり、体中に帯電するように、稲光が走り始め、彼のかけていたサングラスは、はじけ飛び宙に舞う。

 「え!いや!おい!」

 確かにそれは、全力でやるという意味だが、スイッチの入り方がおかしいのではないか?と大河は思うが、風雅は暴れ回るようにして、大地を攻撃し始める。

 大地は引きつけて、風雅を捉えようとするのだが、大地は防戦一方である。

 風雅の巻き起こす風は凄まじく、観戦している生徒達も、まるで強風圏内に巻き込まれたかのように、風から自分達の身を守る態勢を取っている。

 

 風雅の風の刃は真空であり、猛攻を受けている大地だが、防御を固めた大地の体を酷く傷つけることはない。

 本来大地の防御力はそれほどのものであるのだ。

 そして聖剣と呼ばれる聖の手刀は、それほど桁違いの貫通力を持っているのである。

 しかし、暴れ回る風雅を捉えることは出来ない。それどころか、徐々に退いている自分を知る。気がつけば左足の踵が、舞台袖に掛かっていることに気気づかされるのだった。

 そして、ついに大地は、舞台からおとされてしまう。

 結局の所、右に逃げようが左に逃げようが、彼は舞台の外へ押し出されていたことになる。風雅の実力は十分しっているつもりであったが、ここまで防戦一方にされるとは思ってもいなかった。

 

 それでも風雅はこう言うのだ。

 「やっぱ、大地固えーわ」

 風雅はそう言って、舞台上から大地を見下ろすのだった。

 しかし、その一言もまた真実で、大地はそれでもダメージらしいダメージをあまり負っていないのである。

 言い換えれば、風雅は持久力が尽きる前に、大地を舞台の外に追いやっただけのことであり、そう言う制限がなければ、風雅のこの戦い方は単なる浪費という結果に繋がるだけなのだ。

 風雅の圧勝のように思えるが、実はそうではないという事を理解出来ているのは、上位の者達だけである。

 

 そして、風に舞い上げられていたサングラスをキャッチして、掛け直す風雅がそこにいた。

 

 「全く、普段からきっちりやってりゃ、もうちょっとアンタを尊敬できんのに……」

 と、舞台から降りてきた風雅に対して小言を言う鼬鼠だった。

 「んなこと言わないでよ。素戔嗚って疲れんだよ?それに……」

 「今日がラストだからってことでしょ?解ってますよ」

 ある意味遠慮無く後腐れ無く使える状況であったからこそ出した技でもあると言うことだ。それに、鼬鼠にもしっかりとそれを見せておきたかったというのも、実は風雅にもあったのだ。

 彼は特に、何に於いてもいい加減だと言う訳ではない。それが風雅という男なのである。

 

 一方舞台を降りた、大地は、また天井を眺めて一つ大きく息を吐く。

 「気を落とすな。別にお前が弱いわけじゃない」

 単純に強さと相性が、大地にとって悪い組み合わせだと言いたいのである。

 「ただ、アリス君と何があったかは解らないが……」

 「それだけは言うな!」

 若干白い目で大地を見る藤に対して、彼は耳まで赤くして、完全に無防備なアリスの美しい素肌を思い出してしまうのである。

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