第1章 第7部 第10話

 「んじゃ、リラックスできた所でやりますか」

 風雅が場の空気を見計らって、焔に再度話しかける。伊達に六皇一の強さを誇っている風雅ではない。そういった余裕も確かな実力のうちなのだ。

 「そう……だな」

 試合はこなさなければならない。特に初戦ともなれば、結果はどのようであれ、六皇としての示しが必要なのだ。そしてこの一戦で、自分の状態がベストではないと、周囲にも知れてしまうはずである。

 特に焔は、聖との一戦を尤も重要視している。風雅が強いのは解っているし、負けても恥ではないが、それでも誤魔化しの利く相手ではない。それでも風雅との戦いで力を使い果たすわけにはいかないのである。

 後に受ける批難は承知の上だ。

 

 試合開始早々、焔は速攻祖を仕掛ける。速度は申し分ない。身体をコントロールする事に於いては、余り問題は無いようだ。

 焔もそれを十分理解した上で、風雅に仕掛けている。

 流石に瞬発力では、随一とされる炎の使い手で有り、その頂点を担う焔である。焔の攻撃を受けるために、いかなる風雅も四苦八苦している。

 ただ、試合開始早々、風雅も風の力で焔との間に壁を作っており、圧縮された風圧が、焔の攻撃を阻んでいるのだ。

 風雅はそれを防ぎながら、軽い動きで、回し蹴りを決める。

 だが、焔は素早く数歩下がり、風雅の回し蹴りは空振りに終わるのである。

 風を自在に操る風雅の蹴りは、それだけで十分な凶器である。

 「流石よく見えてる」

 「そりゃどうも……」

 余り構えを見せない風雅とは違い、焔は風雅と離れて直ぐに構えて戦闘態勢に入る。そして、また速攻に入るのである。

 理由は単純で、風雅に大技を使う隙を与えないためである。大技を放つことがあれば、交わすだけのことなのだが、仮ににそれが舞台全体に及ぶものであれば、恐らくその一撃が自分の勝敗を決める一撃になる焔はふんでいた。

 普段派手好みの焔らしくない戦い方だと風雅も気がつき始める。

 勿論そういう駆け引きはある、相手のリズムを崩し、技に繋げていくという一連の流れは、ある意味王道といえる。勿論風雅も例に漏れずそうするのであるが、この時の焔の攻撃は、相手の隙を引き出すことなど、全く考えられていないのだ。

 引き出して隙を作り、そして崩す。

 そう言う駆け引きが、この舞台では本来面白いはずだし、焔好みのはずなのだ。

 だからこそ、風雅としても付き合い甲斐があろうというものなのだが、今日の焔は少し異なっている。風雅は少しスタンドの方に視線を送る。

 勿論焔はそんな隙すらも見逃さない。

 一気に間を詰めて、顎や腹などを的確に打ち抜こうと拳を振るってくるのである。勿論それ自体は間違いの無い攻撃だとは思っているが、それは通常の格闘での話で、この戦いは違う。

 能力者同士の戦いなのである。

 序盤で早々そんな攻撃でダメージを与えられるほど、六皇同士の戦いは甘くないのである。

 何より、風雅の方が格上なのである。現六皇最強と言われる、風雅を倒すために用いるには、余りに拙い攻撃になる。

 風雅は暫く焔に打ち込ませた後、少し距離を開きつつ、彼女の拳を、叩くようにいなし、最後に振り抜かれた焔の蹴りを蹴りで受け、完全に攻撃の勢いを殺してしまう。

 「焔ちゃん、本気なのは良いことだけど、なんかちがくね?」

 そう口にした風雅は明らかに不機嫌だった。

 だが、焔はそれに応えない。抑も応える義理がないし、彼女はそれでも風雅から逃げることなく戦う事を決めたのだ。この初戦だけは、どんな無様な形でも、決めておく必要がある。

 それは勝利への執着という訳ではない。

 風雅に対して構えた焔の気迫は鋭い。普段ならその気迫の隠った拳からどんな技が繰り出されるのか、非常に見物なのであるが、風雅にはその先の焔の戦いぶりがまるで見えない。

 「悪いけど、興味削がれたわ」

 そう言って風雅は、あっさりと焔に背を向けて、さっさと舞台を降りて、背中越しに手を振り闘技場を後にしてしまうのである。

 

 「おい!風雅!」

 焔は風雅を呼び止めるが、風雅は何も言わず、その場を去って行くのである。

 一般の学生には、風雅がなぜ去って行ったのかがまるで解らない。ただ理由を知っている重吾は、風雅が何となく焔が全力を出せない、或いは出さない事を見抜いてしまったのだと知る。

 風雅には女子を打ちのめす趣味はない。だが、六皇で有り、武闘派である焔との戦いは、少し別だったのだ。去り際の彼の背中は、少し寂しそうだった。

 「んだよ……チクショウ……」

 焔は審判に腕を掲げられるが、口にしたのはその一言である。

 ただ同時に思うことは、間違い無く風雅に助けられたということである。

 

 「風雅さん……」

 横に並んだ鼬鼠が、少し厳しい視線で風雅を見る。身長差から踏まえて、鼬鼠が風雅を見下してしまうような格好になるが、風雅は意に介さない。

 鼬鼠にも何故風雅が焔との試合を放棄したのかを理解できていなかった。

 彼の気まぐれ所以の所業なのかと、鼬鼠は勘ぐってしまう。

 「まぁ残念だけど、あれ体壊してるね」

 「はぁ?あ……あの炎皇が?」

 「静かにしなよ鼬鼠ちゃん。あの様子だと、重吾君も観客席にいた鋭児君も、アリスも、吹雪ちゃんも、周知済みってとこだったね。風に乗ってビンビン伝わってきたよ」

 「炎皇が……」

 それは、鼬鼠としても気が気でない話であった。

 焔とは特別親しい間柄というわけではないが、一つ上の彼女が、その地位にいることそのものには尊敬もしているし、鼬鼠から見ても、一光の死で空白になった炎皇の地位を偶然得たわけではないことくらい理解出来ることだ。

 「まぁベラベラ喋ることでもないけど、やっぱり聖と、きっちりカタを付けたいんだろうし、そうさせてやるべき……かもね」

 「まぁその分来年は、鋭児君ときっちり遊ぶよ」

 「いや……待ってくださいよ」

 「あー、ハッハー。まぁ精進しなよ。今年の出来次第だからさ」

 風雅は笑って誤魔化したが、今年は鼬鼠に皇座を譲る気が無いといっているようなものである。

 確かに今の自分と風雅の力の差は埋めがたいものがあるが、それでもそれは、風皇戦でこぶしを交わしてからのことだろうと、流石の鼬鼠も思うのである。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る