第1章 第7部 第9話

 風雅と焔の試合の時が来る。

 すでに二人とも舞台の上だ。風雅はいつものようにヘラヘラとしており、相変わらずサングラスとヘッドホンをしており、それらは戦いの邪魔になるのではないかと思えるほどだ。

 焔の表情はすでに引き締まっている。ただそれは、普段の焔とは違い、どちらかというと鬼気迫り切羽詰まった様子である。余り普段の焔であるとは言いがたい。

 そんな焔を見ると鋭児も心が痛くなってしまうのである。

 膝上でギュッと握られた、鋭児のそんな手に、アリスは自分の手を被せ、そっと包み込むのである。

 ただ、それは鋭児の右手で、次の瞬間すっと自分の左側に誰かが現れたと思ったと同時に、彼の左手も同じように誰かの温もりに包まれるのである。

 それは、少々疲れを見せた吹雪の手である。

 「吹雪さん……体大丈夫なんですか?」

 焔のこともある、吹雪の体に無理な負担が掛かっていないのだろうか?と鋭児は思っている事を素直に口にするのである。

 すると、吹雪はニコリとして、健気に微笑むのである。

 そして、鋭児はただ被せられていた吹雪の手を、指を絡めるようにして握り治し、互いの気持ちを確かめ合うが、吹雪の体温がいつも以上に下がっている事に気がつく。

 すると、鋭児はそのままの状態で、吹雪に気を渡し始める。

 極性が真逆の鋭児の気ではあるが、波長そのものは非常に相性の良い二人であり、吹雪の体温が少しずつ戻り始める。

 「鋭児君気の扱いが上手くなったね……」

 「結構しごかれましたで、一人はスゲー意地悪ですけど」

 と、アリスの方をチラリと見る。

 「鋭児、お姉ちゃんと結婚したい?」

 と、唐突にアリスがそんなことをいうと、鋭児の口がむずむずとし始めるのである。余計な事を言ってしまった鋭児だが、時すでに遅しであり、それを我慢するのには、なかなか大変であったが、吹雪への気配りは忘れない。どうやらアリスが与えた次の課題らしかった。

 「アリス先輩。強制はいけません!」

 吹雪はツンとしてしまうが、そう言う吹雪は矢張り憎めない可愛らしさがある。

 「鋭児君……。私と結婚しよ?」

 と、今度はライバル心を燃やした吹雪が、そっと鋭児に凭れかかりながら、上目使いで期待を込めながら彼の返事を待っているのであるが――。

 「熱い熱い!鋭児君熱いから!」

 吹雪は大いに照れながら、握っている鋭児の手をぶんぶんと振りながら、すっかり赤くなってしまっている鋭児とイチャイチャし始めるのである。

 すっかり気のコントロールを乱してしまった鋭児であるが、一つ深呼吸をいれて、自分を落ち着かせることになる。

 それは鋭児が返事をしたようなものだが、鋭児は言葉にはしなかった。それはもう一人愛すべき人が舞台の上で、一人戦おうとしているからである。

 彼女の敵は、目の前の風雅だけではない。限られた自分との時間とも戦っているのである。

 自分との戦いで、彼女の闘士生命は終わりを告げるのだから、その様をしっかりと見守らなければならないと鋭児は思ったのだ。

 そして、そう思っているのは吹雪も同じであり、彼女は目を背けることなく焔の戦う様を見届けに来たのだ。ただ鋭児に会いに来たわけではない。

 静音は、恐らく何処かで晃平と落ち合い、同じように試合を見ているはずである。

 そんな二人に、焔が気がついたようで、彼女は風雅と睨み合うのをやめ、視線をそっちにくべると、二人が手を握り合って自分の試合を見守っているのだ。

 そしてアリスも確りと自分のほうに視線を送っている。彼女は何も言わないが、自分の顛末を知っている数少ない人間でありながら、それを押し黙って、こうして見守ってくれているのだ。

 

 鋭児には、彼を支えてくれる人がいる。

 それは焔にとって一つの安心材料であり、そんな彼等の姿を見た焔の目尻が、ふと穏やかに緩むのである。そんな悟ったような焔の表情を風雅は見逃さない。

 風雅も同じように焔の見ている方角に目をやる。

 「ああ、アレ鋭児君の気か……」

 「ああ、吹雪の奴がなんかいいやがったんだろ?」

 「あー……吹雪ちゃんほしかったなぁ」

 「諦めな」

 「くっそー……なに?鋭児君て、んなフェロモン出てるわけ?」

 「んー?まぁ……年上殺しだな。子犬みたいにペロペロしてくりゃ、ほっとけねーだろ?」

 そう言って、焔は舌を出して、ペロペロとしてみるが、その動きには、若干卑猥さがある。ただ、そう言った直後、焔は自分の拳に口づけをして、それを鋭児に差し向けるのである。

 「えー……オレも子犬キャラやってみよっかなー……」

 「はは。風雅さんは、大学でファンいるだろ?」

 「燃えないんだよねぇ、なんかさ……」

 風雅はヘラヘラしているが、正直コレは彼の真面目な悩みである。

 「大河さん。彼女出来たぜ」

 「え?兄貴に?マジかよ……」

 「ああ、ウチの辛辣ツンデレ女が告った」

 「んだよそれー」

 二人は非常にリラックスした会話をしている。それだけに、風雅は先ほどの焔の気迫が気になった。

 

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