第1章 第7部 第4話

 結論としては、熱戦の後に、双龍牙の上位技、螺旋双龍牙で打ち破り、周囲を黙らせた。

 要するに日向焔こそが、不知火家随一の闘士であるということを見せつけた事になる。

 そして問題はその後で、彼女は損負担に耐えきれず、入退場口で倒れることとなったのだ。

 

 焔が倒れたことは、闘士達には知られるが、幸いそれ以上には、広がっていない。

 観客は、焔と磨熊の戦いぶりに酔いしれており、それ外の光景はまるで目に入っていなかたからだ。

 

 「んな、負担の掛かる技だったのかよ……」

 鋭児は、ソファに腰を掛けると、思い詰めてしまうのだ。自分との技を競うが為に、彼女はその体に負担を掛けたのならば、その責任は自分にもあるのではないかと。

 だが事実は違う。技が負担を掛けたのではなく、焔の体が、負担に耐えられなくなっていただけのことなのだ。

 思い悩む鋭児に対して、蛇草は、「それは違う」と、異議を唱えかけたが、それを口にした途端に、焔がもう一発も大技放てない体になっている事を彼に告げるに等しいことになり、焔の思いも、鋭児の望みも同時に潰してしまうのではないかと思い、押し黙る敷かなくなってしまった。

 

 後一度だけでよい。

 

 その焔の思いに応えるための、秘術をまさかこんな形で消費してしまうとは思いも寄らなかった。蛇草も後悔している。ただどうすることも出来ない。どう考えても最悪の死しか見えないのだ。

 炎の能力者にとって、不完全燃焼ほど、残酷な死に様はないのかもしれない。

 で、あるなら如何に、完全燃焼に近い生き方をさせてやるべきかと、考えてしまうのだ。蛇草もまた六皇であり、焔の思いが痛いほど解るのである。

 

 「蛇草さん。オレ学園に戻ります」

 蛇草は、はっとする。鋭児は意外に淡泊な返事を返したのだ。此所へ現れたときは表情が硬かった、いや、今も余り和らいでいるとは言いがたい。

 「まて黒野、黒夢先輩を置いていく気か?」

 重吾は付き添いで現れたアリスを置いていくのは無責任だと言いたいのだ。勿論鋭児にはそのつもりはなく、アリスが戻り次第と言うことになる。

 ただ、鋭児は思い悩む蛇草に対して、何も言わないことを決めたのだ。鋭児との勝負の後彼女が焔を、その部屋に連れ戻ったことは、重吾から聞き及んでいるし、煌壮がそれを見た事実は、蛇草にも伝わっており、それは重吾が待機中に蛇草に訊ねた事でもある。

 蛇草は焔が語らない事を自分が語るわけにはいかないと重吾に突っぱね、それに関しては不知火老人も口を閉ざしたままなのである。

 ただ、鋭児と蛇草は主従関係であり、蛇草としては鋭児と遺恨を残すような関係を残すわけにはいかないのだ。

 それは取り繕いたかったからではない。

 鋭児が事実を知ることにより、焔が廃人のようになってしまい、彼に大きな心の傷を残すことが怖かったのだ。勿論焔がそのような姿になってしまうのは、不知火老人にも申し訳が立たない。

 「では、魔女が戻り次第、貴女たちを学園に送るわ」

 蛇草は少し救われた気分になる。鋭児も焔の気性をしっている。彼女が頑ななまでに、鋭児との最終決戦を望んでいるのだと解ると、あとはそれを汲んでやるしかないと思ったのだ。

 ただし、鋭児には焔の死という概念はない。いや考えたくはないといった方が確かなのかもしれない。

 

 場面はアリスが焔の部屋に入った頃に戻る。

 

 「どう?」

 アリスは端的にそう聞き、先ほどまで鋭児が腰掛けていた椅子に座る。

 「まぁ……最悪……だな」

 確かにそうかも知れないとアリスは思うが、それに対しては表情に出す事はなかった。

 「なぁ先輩」

 「何?」

 「オレやっぱ、死ぬのかな……」

 それは焔が感じていることであり、客観的な意見ではない。焔は蛇草にそう言われているし、彼女が作った、たった一度のチャンスをここで消費してしまった。

 「さぁ……人の生き死になど、簡単に口にして良いものでは無いわ。特に私なんかは……」

 「まぁそうだよな」

 蛇草のそれは、彼女の見立てであり、確かに焔はそのような状態であるが、見通しているわけではない。ただ、アリスは異なる。彼女がその一言を言えば、間違い無くそうなる未来を予見している事になる。

 その一言で、焔の人生を決定づけてしまうのだ。

 それが人を幸せにするための一押しなら、彼女は少々の茶目っ気を出して、口にするのだろうが、可愛がっている焔の人生を自分の一言で決定づけたくはなかったのだ。

 言霊はそれ自体で、時に人の人生を大いに左右してしてしまうものだと、アリスは知っている。

 「もう一個いいか?」

 「いいわよ」

 質問ならいくらでも受け付ける。ただそれに答えられるかどうかは、また別の話だと言うことだ。本来なら、アリスの一言は金言ともいえるもので、その一言を欲するために、金を積む者も少なくない。

 焔だからこそ、アリスにそれを許すのだ。

 「オレ、聖の奴に勝てるかな……」

 「無理よ。相手にもならないわ」

 「やっぱ強いのか?」

 「それは戦ってみれば解る事」

 「せめて、一発ぶん殴りてぇなぁ」

 「貴女の気の済むように出来ればいいわね」

 「そう……だな」

 焔はアリスと目をあわせなかった。焔の念願が成就されるかは解らないが、どうやら聖は一筋縄では行かないらしい。

 「一つ良いことを教えてあげるわ」

 「ん?」

 「貴女と戦った時の鋭児君は、そうね。ポテンシャルで言えば、一光君より上ね」

 「ふぅ……ん」

 焔としては複雑な心境である。

 その時点での鋭児のポテンシャルが一光より上だと言うことは、その鳳輪脚連弾を相殺し、尚且つ突進してきた鋭児を、簡単に投げた自分の実力は、一光をすでに凌いでいる事になる。それで尚且つ聖に勝てないと言うことは、現段階での聖の実力は、更にその上を行くのだろうと、焔は思う。

 ただ、焔は唯一聖とだけ、拳を交えていないのだ。

 他の六皇とは、幾度か拳を交えているが、その中で群を抜いているのは矢張り風雅で、彼だけは別格なのである。

 次いで聖といった所なのかも知れない。

 アリスは性格的にあまり戦闘に向いていないため、重要な戦い以外は、途中で放り出すこともしばしばだ。特に六皇の地位に就いてからは、野心的に戦う事は無い。現地皇である大地は、焔よりも頭一つ抜きん出ているという評価だが、吹雪については、未知数なのだ。彼女は焔と違い、大学に出稽古をすることもない。

 焔はこんな状態にありながら、少しシミュレートしてみるのだ。当然今の自分では六皇戦を戦い抜くことは不可能で有り、結論は出ている。ただその他の順位がどうなって行くか、気にならないでもないのだ。

 「先輩」

 「ん?」

 「属性戦の前にオレがくたばっちまったら、鋭児に謝っといてくれ」

 「解ったわ。とりあえず、忘れないように、お財布にでも入れて置くわ……」

 アリスはこう言う言い方をするのだ。自分は意を決しているというのに、それではまるで、忘れられて、数ヶ月後に出てくるレシートのような扱いになり兼ねない。

 思い出せば、そのレシートには、割引ポイントなどが付与されていたりするものだから、尚質が悪い。だが至ってそういうモノなのである。

 「じゃぁ帰るわね」

 アリスはすっと席を立つ。

 「ああ」

 焔もまた、気のない返事を返すのだ。

 「そうそう……」

 「ん?」

 「美箏がもう一押しなのよねぇ」

 「はは、そうかよ」

 アリスのそれはいろんな意味が含まれているのは、焔も解っている。解っているがアリスのその一言を聞くと、なぜ彼女が鋭児に引っ付いてまで、黒野家に出かけたのかは、何となく理解出来た。魔女は色々知っているのだ。

 それだけを言うと、アリスは焔の部屋を後にする。

 「ああ……叔母さんのメシ、もっかい食いてぇなぁ」

 焔は、窓の外を眺めながら、ただ一言そう呟くのだった。

 

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