第1章 第7部 第3話

 焔は自分に抱きついたままの鋭児の頭を、ひとしきり撫でる。

 「そういや、先輩くっついてったんだろ?」

 「ああ、そこまで来てる」

 「そか」

 返事はしたが、大体の予想は付いていた。そう言う性分の人であることは焔も理解するところだし、彼女もふらふらと、不知火家に出入りしている身である。こういうとき、彼女は顔が利くのである。

 「オレよりも、吹雪が心配だから、お前学園に帰れ。な?」

 鋭児は何を言っているのかと思ったが、確かに一番に駆けつけても良いはずの彼女がここにいない。

 「解れよ……」

 吹雪が来ることが出来ない意味。そして、自分は曲がりなりにもこうして確りしているのだから、心配は無い。ただし吹雪は恐らく一人きりだ。学園に戻ることが出来ても、それ以上動く事は出来ないのである。アリスのようにはいかないのだ。

 

 天聖家は他家と異なり、そう言う出入りに関しては厳格なのだ。吹雪は生来、天聖家に着くにあたり、その辺りを遵守しなければならないのである。

 それは、彼女が自分を貫けないというよりも、自分を貫いたことで、今回の件でいえば、不知火家に迷惑がかかる可能性があるということだ。

 焔は炎皇であるが、天聖家はそれに強い関心を抱いているわけではない。ましてや闘士という立ち位置にある焔は、日常的に六家に寄与しているわけではない。

 どちらかというと、彼等の娯楽の対象に過ぎない存在なのだ。焔が闘士に拘るのは、一光の事もあるし、抑も衛士が彼女の性分ではないというところが大きい。

 ただだからといって、有事の際に何もしないわけではない。彼女は不知火老人の尤も信用する友でもあるのだ。その際彼女は彼の守衛ともなる。

 ただ、普段から単独で動いている闘士は、集団戦には向かない。それは却って足手まといになるというものだ。

 たが吹雪は違う。彼女は容姿を含め、非常に天聖家に評価されており、また吹雪も衛士となる。恐らく直属部隊になるだろう。それだけに彼女は、行動に慎みを保たなければならないが、また彼女も学生であり、学園内においての彼女はそれなりの自由を保障されているし、その分に於いては、差ほどの干渉は受けない。

 だが、易々と他家に出入りすることは別なのである。呼ばれたからといって、譬え親友の焔が倒れたとしても、顔を出しづらい立ち位置なのだ。

 「先輩に変わってくれ」

 焔は、もう一度鋭児を抱きしめながら、その背をトントンと、まるで子供をあやすようにして、言い聞かせるのだった。

 「あんま無茶すんなよ」

 恐らくそれは、焔には聞けぬ相談だと言いたい言葉だが、「ああ」と、理解を示した返事を、鋭児に向ける。



 

 鋭児が病室を出ると、そこにはアリスが待っていた。まるで自分が呼ばれることを解っていたかのようだ。

 「先輩……」

 「大丈夫よ。落ち着きなさい」

 アリスは、鋭児にそういって、彼の肩に手を置いて、するりと入れ替わるようにして、焔の病室へと、姿を入って行くのであった。

 鋭児は重吾達が待っている客間へと足を運ぶのだった。

 其処にいるのは重吾以外に、千霧と蛇草、それから煌壮もいるのであった。

 他の面々はいないが、恐らく不知火老人などは、別室にいる事であろう。此所には焔の関係者或いは鋭児の関係者が集められている感じだ。

 鋭児が入ってくると、煌壮は一度彼を睨み付けるが、この場で言い争う気は無い。

 そしてまず鋭児に近づいてきたのは重吾である。一瞬千霧が真っ先に腰を上げかけたのだが、彼は千霧に頭を下げつつ、まず自分が彼に話すべきだと思ったのだ。

 「済まない。オレが浅はかな話を持ち帰ったばかりに……」

 焔のことに関しては、もっと慎重に考えるべきだったのだ。いや、そう考えていたかったのだといったほうが正しい。だが現実は違った。

 「抑も、何があったんですか?」

 「ああ……」

 重吾は、経緯のどの部分から話そうかを考えた。

 まず焔が年明けに急遽一試合行う事になったのだ。その理由としては、矢張り華々しい焔の試合を一目見たいという、要求が上がったからだ。

 そしてその相手に上がったのは磨熊である。

 豪快な磨熊と、思い切りの良い焔の試合は、見ていて非常に華があるのだ。咥えて、焔はここ数ヶ月等しての試合を満足に行っておらず、唯一行ったのは鋭児との一戦である。

 当然その時の一戦も師弟対決ということもあり、話題として大きく盛り上がったものだ。そんな焔の戦いを要望するものが多かった。

 不知火老人としては、周囲を言いくるめようとしたのだ。

 ただ、矢張り焔の試合回数が極端に減り、また不知火老人と懇意をしている焔に対して、嫉妬染みた物言いを言い出す者が出始めたのである。不知火家は比較的能力者に対して、寛容な家柄ではあるが、焔の血筋は未だ不明であり、言わば血統の解らない小娘が、当主の寵愛を受けている事に対しての嫉妬が、噴出し始めたのである。

 要するに、天狗になっているのではないか?などの、揶揄である。闘士で有りながら、自分の試合をえり好みするようになったのか?と。

 事実焔は、鋭児と戦った当主主催のトーナメントですら、出場拒否しており、咥えて自分の弟子である鋭児との戦いには、当主の意向を無視して強行に行ったとの指摘も出始めた。

 それは単なる難癖に過ぎないのだが、事実そう言う行動になっている。

 トーナメント不出場に関しては、不知火老人が決めたことであり、焔のみを慮ってのことだ。

 ただそれを口にすることは出来ない。

 いつの間にか焔に対する甘さだと、不知火老人に対しての批判に波及しそうになったのだと。

 重吾が何故それを知っているのかというと、彼が旺盛の側付きとして、不知火家の重鎮達に、挨拶回りをしていたからだ。

 つまり、現投手に対して、不知火老人への不満が何気なく聞こえ始めたという経緯だ。

 一見大した問題でもないようだが、不知火老人が焔に対して、何らかのけじめを付けるか、焔が不知火家に対して、何らかのけじめを付けるかという形になる。

 焔が、絶縁を切り出す手もあったが、自分が恩知らずと呼ばれることで、不知火老人を遠回しに、蔑視させる事になる。

 焔は、最高の形でこれらをねじ伏せなければならなくなったのである。

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