第1章 第6部 第40話

 初詣に出かけるまでには、まだ時間がある。居間で暫く寛ぐことになるのだが、大晦日の特番ということで、日常とは違うテレビ番組をやっているが、考えれば学園内での生活で、余りテレビを見ることもなかった。

 吹雪や焔の部屋に顔を出したときは、何となしに見ているのだが、鋭児の部屋にはそもそもテレビなどない。

 鋭児はふと、そんなことを思い出す。

 そんな中、時折文恵は、アリスの様子を伺うのだ。そんな彼女の視線に気がついたのは秋仁だが、その理由は彼も何となく分かっている。気のせいだと思っているのだが、彼女を初めて見た気になれないのだ。

 ただ、何故そう思えてしまうのかが、秋仁には解らない。

 余り視線を向けても失礼だろうと、文恵は意識的にアリスを見ないようにしているのだが、逆にそれだけの視線なら、アリスは関知しても可笑しくないというのに、彼女はそれに対して反応を示さず、鋭児とナランでテレビを見ているのである。

 「来年は、着物を準備しようかしらね」

 アリスがぽつりとそんなことを呟くのである。艶やかな黒髪の彼女が着物を着れば、さぞ映えるだろうと、鋭児も思ったが、その一言で、文恵の疑問は確信に変わってしまったのだ。

 ただ、そのぎこちなさは、秋仁にしか解らない。

 美箏は、鋭児との落ち着いた時間に、すっかり気を緩めており、大して面白みのない退屈しのぎのためだけに付けられているテレビを、並んで見ているのである。

 

 やがて、夜中の十一時半を回る。

 「じゃぁそろそろ初詣にいこ?」

 切り出したのは美箏である。

 「なるべく早く戻るのですよ?」

 流石に一晩中というわけにはいかない。文恵は釘を刺してみるが、流石に大晦日の寒い夜に、それもないだろうと思っている。

 本来なら、着物などの準備もしておくのだろうが、美箏もそこまで着飾ることは考えていなかったのだ。ただ、時間の共有を鋭児と出来れば良いと思っていたのである。

 なるべく自然な形が良いと思っていたのだ。

 「鋭児、まぁ大丈夫だと思うが――」

 「はい。少し美箏をお借りします」

 美箏が言い出したことだが、正月のイベントに彼女を連れ出すことは、矢張り男である鋭児の責任なのである。浮かれた連中が女子高生の夜歩きを見逃さないだろう。

 尤も男連れとなると、それだけで敬遠対象であはあるが――。

 

 鋭児達が、美箏の家を後にした直後のことである。

 文恵は、少し気疲れをした様子で、深い溜息をつくのである。

 「どうしたんだ?お前らしくもない」

 少しとぼけてはいるが、敢えて他人に視線を向けすぎていた文恵に対して、秋仁はその理由を尋ねるのだ。

 「どうしたもこうしたも……、貴方気がつかなかったのですか?」

 「ん?ん~……」

 秋仁は、他に面白い番組はないのか?と、新聞を広げてから、正月の休配のために。番組欄がすでに別になっている事に気がつき、別にされているそれを見つけ、再度それを眺める。

 「黒夢さんは、前髪を下ろしていていましたが、茜さんによく似ているじゃありませんか!?」

 それに気がついていなかったのか?と、文恵は少しだけ声を張って、呆れてしまうのである。

 「え?いや?え?ああ!」

 「本当に……男の人って、髪型が変わるとわからなないのですか?変わっても解らないようですが……」

 これは日常に皮肉も若干入っており、文恵の意地悪でもある。

 「あちち!」

 秋仁は思わずタバコを落としてしまい、慌てて拾い上げるのである。

 「ソファー焦がさないでくださいよ?」

 「あ……ああ、悪い悪い……」

 鋭児も気がついていないのだろうか?と秋仁は思う。ただ鋭児は、両親が死んでからアルバムを直視していないのだ。

 彼自身は、両親の顔を覚えているつもりでも、すでにその像は朧気となっており、そうとは考えもしなかったのだ。

 文恵は、コーヒーを入れ、少し落ち着いた時間を作ることにする。

 「他人のそら似……か……いや。そうかぁ……」

 秋仁はすっかりそれに関心をさせられてしまう。だが、それ以上に今度は文恵以上に秋仁がだまり混んでしまうのである。

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