第1章 第5部 第38話

 体に赤く光ると気を纏わせた焔の動きは、格段に速かった。そして眼光が違う、ギラリと光ったその瞳は、まるで闘神が乗り移ったかのように、別人に思えた。

 そして格段に速いだけではない。鋭く重たいのだ。

 鋭児は、完全に受けに回ることになってしまう。ガードをするが、一発一発受ける度に、骨が軋むのが解る。肉の内側に焔の拳の圧力が伝わって来るのだ。

 このまま耐え凌ぐのか、反撃をするのか?

 鋭児は、焔の攻撃を受けつつ考える。どのタイミングが最後に繋がるのかを見極めるためだ。ただこれでは駄目だと思う瞬間が来る。

 龍の刻印を浮かび上がらせた、焔の右足が飛んでくるのだ。鋭児が守勢に入っていることから、フルスイングの回し蹴りを放ってくるのである。

 足が止まっているのを、焔が見逃すわけがないのだ。

 彼の足の運びが止まっているのは、完全に彼が次の行動に躊躇していたからに他ならない。

 鋭児はこれを受けない。咄嗟に下がるのだ。そして、下がる瞬間に鋭児の体に、電撃が走るのを焔は見逃さない。

 二度目の雷神拳だ。矢張りおいそれと使える訳ではないのだと、焔が確信するには十分なタイミングである。

 であるならば、先ほどの初動で先手を取るか、飛燕脚のタイミングで使用していれば、間違い無く有利な展開を作り上げることが出来たはずである。

 三度目の雷神拳はないと焔は確信する。

 ただ、鋭児の手の構えが変わる。鋭く親指、人差し指、中指を構え、薬指と小指を強く握り混んでいる。

 鼬鼠が使っている蛇咬拳だ。いや、鋭児が使うのだから凰爪拳とでも言うべきか。

 自分と同じように赤く輝く鋭児の両手は、確かに凶器だ。ただ力が隠っているだけではなく、それそのものが、一つの完成された技なのだと知る。

 「ああ……そうか……」

 焔は、クスリと笑いたくなる。

 鳳凰の羽根のように、彼の両腕に広がるその痣が、彼の掌にまで及んでいることなど、焔はとうに知っている。幾度その両手が自分の頬を包んできたことか。痣はあまり見せるなと言っていたが、鋭児がそんな警戒を自分にまで向けるはずもない。

 だから、すぐに鋭児の掌が力で溢れかえっているのが理解出来たのだ。重吾が掌に印を仕込んでいるのと同じ原理だ。

 自分を切り裂くように、突き出される鋭児の拳。

 今度は焔が守勢に回るが、極限状態に入った彼女がそれを躱すことは、容易かった。そして焔は、再び鋭児の両腕をこじ開け、腹部に両手を当てる動作に入る。

 鋭児もそれが何を意味するのかを十分理解し、すぐに再度ステップでこれを躱す。

 それと同時に、鋭児の逃げる方向に焔が回し蹴りで、迎え撃つ。

 焔の足技は、本当に切れ味がある。リーチ差を埋める意味もあるだろうが、足に刻印のある焔が、尤も力を発揮しやすい部位なのだろう。

 当然、逃げ道を防がれた鋭児は、それを腕で受けるのだが、その衝撃が体全体に伝わる。

 焔から見ても、鋭児の顔が苦痛に歪むのがハッキリと見て取れる。

 だが、折れた訳ではない。鋭児が一瞬にして踏みとどまり、すぐに体を真逆に逃がしたからだ。

 二人のやり取りを理解していない者には、鋭児が派手に飛んだように見えただろう。

 鋭児が舞台に足を付け、体を滑らせながらも、体勢を整える。

 そして、焔が舞台に両足を踏ん張り、右足左足と順番に六芒星を素早く描きそれぞれを円で囲み、つま先を左右三十度に捻って開くのだ。

 鋭児は、退いた反動をそのままに、後ろ宙返りで高く宙に飛び、そのまま両手を左右に広げ体を捻り円を描き、更にもう一度体に捻りを加え、円を二重に上書きし、六芒星を描くのだ。

 両手で行われるその動作は、通常の技より高い効率で描かれるが、円を一つ上書きしている分、予備動作が長い。

 しかし、両足それぞれに技を仕込んでいる焔も、時間を掛けている。焔のそれは鳳輪脚がその滞空時間故に、時間の掛かる技だと理解していたからだ、鋭児は尚予備動作を入れている。

 「双龍牙双脚!」

 焔は、そのまま後方宙返りをし、舞台に描いた円を高く宙に引き上げ、そのまま宙で体を捻り、二つの円を二連続の回し蹴りで、次々に蹴り飛ばす。

 二対の龍牙それぞれが、螺旋状に絡み合いながら、時間差で鋭児に襲いかかるのだ。

 「鳳輪脚連弾!」

 どうやら、考えていたことは似たような事だったらしい。

 つまり、一撃目で相殺し、二撃目で、相手を捉えるという算段だったのだ。

 しかし、二発とも互いの技を相殺するに至ってしまう。

 焔は、宙返り後の二回連続回し蹴りという、余りの早業で目を回したのか、着地の瞬間にバランスを崩したのか、少し蹌踉めいてしまう。

 その間に、鋭児が着地を決め、一気に焔に詰め寄る。それと同時に焔も確りと、両足を地に着け、踏みとどまるのだった。


 一瞬鋭児が頭を後ろに引く。

 焔にもすぐにそれが何を意味するのか分かり、焔も少し頭を引く。

 〈バカ……それやったらお前の頭割れちまうだろうが〉

 普段右の額を気にしている鋭児が、何の迷いも無く真正面から、焔との正面衝突を望んで居るのだ。嬉しいが、まだそんな場面ではないと焔は思うのだ。

 だから二人の額がぶつかる瞬間、焔はするりと鋭児に背を向け、その背中に鋭児の体重を乗せながら、背負い投げをするのだった。

 鋭児の勢いに乗った背負い投げは、焔を跳ね飛ばすような格好になるが、技を決めているのは焔である。

 スカされた鋭児は、頭が真っ白になってしまうのだった。

 ただ、景色がグルリと回ることだけを理解する。

 だが、次の瞬間、鋭児は完全に舞台をタップしていた。本当に瞬間的な判断だった。

 何故なら、投げ飛ばされた直後、焔が自分に腕ひしぎ十字固めを決めていたからだ。仮に鋭児の判断が一瞬でも遅ければ、焔はその腕を捻り切っていたことだろう。

 大技から一転しての寝技で、その勝負は幕を下ろしてしまうのだ。

 「ずりーや……焔さん……」

 「まぁ勝負は勝負だ……」

 鋭児は完全にやられたと思った。怒りは無かったが、気持ちは少し寂しかった。

 技を解くと、焔は鋭児を引き起こす。

 だが、鋭児は完全に悄げてしまっていた。自分の全力の思いを、完全にスカされてしまったように思えたからだ。

 「強かったぜ……」

 そう言って焔は鋭児の頭を引き寄せ、彼の額の傷にそっとキスをする。しかし触れた感触は濃厚だった。

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