第1章 第5部 第2話
二人の戦いは、さほど派手さは無かった。
まずは、拳を交えたり、蹴り技を繰り出したり、少し間を空けては、印を描いて、火炎弾を打ち出したり、それを叩き落としたりと、実に基本的な動き方や、好きの誘い方などを、行っていたのだ。
ただ、そのスピードは非常に速い。
炎の使い手同士の戦いであるため、基本的には、打ち出す火力が、その力量の差となってくるのだが、焔は約束通り、稽古を付けるように少しずつ、緋口よりも早く、彼女を追い詰めるように、また力を引き出すようにして、速度を上げてゆくのだ。
緋口からすれば、それは何とも嫌らしい戦い方なのだ。明らかに実力差を見越しての戦い方をしているのが解るからである。
悪い言い方をすれば、見下されているのである。
しかし、それは致し方の無いことなのだ。何しろ彼女たちは、焔と真正面から向き合わなかったのである。彼女を抜くことを諦めると言うことは、炎皇を目指さないと言うことであり、より高みを目指すことを諦めたと言っても過言ではないのだ。
焔は少しずつ、速度を上げてゆくと、流石に緋口の呼吸が乱れ始める。
そこで、焔の裏拳が緋口の頬あたりで止まる。
「はぁ!はぁ!」
本当に息が切れている。
「んだよ」
「わ、悪かったわね。弱くて」
「ちげーよ。ソコソコはぇーじゃん。悪くねぇ。流石三位」
「お世辞!?」
「だから、ちげーって。見直したって言ってんだよ。けど……」
「何!」
「多分重吾の方が、強くなってんなぁ」
「吾壁が?」
「おう。アイツ夏休み、鋭児駆り出して、結構組み手とかしてたし、まぁ勿論俺ともしてたからよ」
「へ……へぇ」
二人は、軽くグランドの端の方に歩きつつ、そんな会話をするのである。
三位の緋口からすれば、自分の順位を脅かすと言われているのだ。それはそれでプライドが傷つくのだが、何故か彼女はそこで口籠もってしまうのだった。
焔は途端に、ニヤニヤとし始める。
強さだけが全てではないが、矢張り力を争っている自分達であるが故に、自分より弱い男は願い下げだ。それが気に掛けている男ならば尚更なことである。
ただし現在は、赤羽が二位である。
だが、そんな彼に目をくれる様子はない。
そんな折りだった。
少し離れた場所から、騒めきが起こっており、人集りが出来ているのだ。
グランドの隅へ行き、少しお互いの距離を縮めようとしていた二人も、顔を見合わせ、騒ぎの中心となっている所へ、駆けつける。
「んだよ!騒がしいな!」
焔達が人集りの外周に辿り点くと、自ずと道が出来るようにして、人の波が割れる。
「なんか、赤羽が急に苦しみだして……」
防寒していた一人が、焔と目が合うと同時に、状況を説明してくれるのだった。
「バカヤロウ!だったら、何ぼうっとしてやがんだ!」
次の焔は、一歩二歩と小走りに最後の野次馬をかき分けて、グランドに蹲り胸を押さえて、脂汗を流して、苦悶の表情を浮かべている赤羽の側による。
仮にも学年二位の赤羽である。仲間内であってもおいそれと彼の勝負に手を出すことなどできないのだ。
手を貸せば、その時点で赤羽の負けとなってしまう。
そう言う意味では、それが許されるのは、間違い無く炎皇である焔だけだと言えた。
「退け!神村の所に連れてってやるからな!」
焔は、緋口の手を借りながら、赤羽を背負って、保健室へとつれて行くのであった。
通常なら病院ということになるが、気という者を扱う彼等の体は、特別なものだし、また神村の保健教員は、治療のスペシャリストと言えた。ただしそれは、大半が外科的な処置に於いてだ。それでも焔がまず信じるのは神村である。
彼女は事あるごとに、神村に世話になっていたし、それだけ神村を信頼していたのだ。
何よりここの大半の人間は、病院というものに行ったことがない。
大体は保険医の世話になり、保健室か自室で療養となるのだ。
そして、確かに神村の所へ、赤羽を連れて行ったことは、それほど間違いではなかった。
「ん~……」
ベッドの上で、静かに息をして眠る赤羽を見て、神村は少し神妙な顔をする。
「一度精密検査をした方がいいね」
神村をしてその判断なのだ。赤羽の状態は、あまり良いとは言えないようだ。
「心臓に可成り負荷が掛かったのだろうねぇ」
「負荷って……」
赤羽はいったい何をしようとしたのか?と焔は思ったのだ。
「まぁ炎の使い手は、他の属性よりも運動量が多いからね。時折あるんだけど。赤羽君が単なる疲労からなのか、先天的なものなのかは、やっぱり調べて貰わないとね。赤羽君、将来は確か不知火家の衛士候補だよね?」
「あ?ああ……」
言いたいことは、解る。六家縁の医療施設で彼を見て貰うことが、尤も正しい選択肢だと言うことだ。
ただ、それでも赤羽を無断で連れて行くことは出来ない。
赤羽は焔のように、親無しではない。赤羽家は名家である。その名家の子女に問題が発生したというのなら、まず彼の家に連絡をすべきなのだ。というのが、当然の理屈になる。
その時、焔の腕を誰かが取る。
それは今まで眠っていた赤羽だった。
恐らく眠っていたのは十数分程度なのだが、赤羽は何となく状況を察していた。
「家には……言わないで……くれ」
「赤羽……」
焔は、赤羽が何故そんなことを言い出すのかという事をすぐに理解した。
彼がリタイアをすると言うことは、それは家名に泥を塗ることになる。赤羽の息子は欠陥品であると、レッテルを張られかねないのだ。
焔は何も言わず、携帯電話を取り、電話を掛ける。
「おう。ジジイか?デート?いい年こいて寒いギャグかましてんじゃねーよ……」
そんな会話から不知火老人とやり取りをする焔であった。
「相変わらずだねぇ。不知火御大は」
これには神村も苦笑いするしか無かった。何より焔の口の利き方が酷い。それでも、そう言う会話が成立するのは、この二人が懇意だからだ。
彼の両親に伝えた方が良いに決まっている。
常識ならそうなるところだろう。だが伝えるのは結果が出てからでも遅くはないと、彼等は思ったのだ。では、不知火家に知られても良いのか?という話になるが、そこは不知火老人と焔の仲である。
赤羽の立場もある。
この会話が成立するところのつまりは、最悪の場合、焔が責任を取ると言うことになり、また不知火老人も責任を取るということである。
抑も、不知火老人は懐の深い男である。また不知火家もその方針に従っている。
ただ、赤羽家はそうはいかない。最悪の場合、彼の家から自体を申し出る可能性もある。まずは、その心配を払拭する必要がある。
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