第1章 第5部

第1章 第5部 第1話

 陽向一光ひなたいっこうは、日向焔が一年の冬に死んだ。

 それは、彼が六皇戦中の出来事だ。殺されたのは闘技場の上で、試合開始早々心臓を貫かれるという、壮絶なものだった。

 日向焔は、その最期を目の当たりにしたのだ。

 聖と陽向は同学年で、仲が悪いと言うわけでは無かった。だが特段距離が近いというわけではなかった。

 ただ、一光はよく聖の元に試合をしに出かけに行っていたし、その事そのものは焔も知っており、時には一向に着いてその戦いぶりを学びにいったものだ。

 二人の成長は早く、高等部の二年に上がる頃には、すでに皇座についていた。それだけ周囲を寄せ付けず、前任者にその実力を認めさせるほどに、ずば抜けた力を持っていた。

 そんな一光が、六皇戦の最中に、聖の手によって、焔の目の前で殺されたのだ。

 その年の三学期、炎皇戦で、焔は無人の闘技場に一人立つことになる。事実上の不戦勝だ。

 そうして彼女は炎皇になる。

 抑も、殆どの者が一光に勝てるとは思っていなかったし、焔にも勝てないと思っていたことからの不戦勝なのだが、勝たずして皇位を得た焔に対して、冷ややかな反応を示す者は少なくなかった。

 勿論焔の実力を知っている者もおり、彼女を理解する者もいる。だが矢張り継承戦で、勝利を収めていない焔には、何かとレッテルを貼る者達も多かった。

 それでも、焔は二年の就業家課程を修了する頃には、誰もが一目を置く存在となっていた。その事を疎ましく思おうが思うまいが、誰もが彼女に勝てる気はしなかったし、挑む事もしなかった。

 抑も焔の実力は、彼女が高等部に上がる前から、知られており、その力が更に一光により磨かれたというだけのことなのである。

 それでも、彼女に貼られたレッテルは、早々剥がせるものでは無かった。

 

 時は現在に戻り、第二学期初日から数日が経った頃だった。

 

 焔はいつも通り、午後の授業のグランドに出る。

 炎皇として、誰からの挑戦を受けるべく、三年Fクラスのグランドの中央に、ドカリと仁王立ちするのだ。

 しかし、初日は、特に順位が入れ替わり、クラス内の入れ替わりもある事から、彼等は基本的にランクの近い者と、腕試しをし始める。

 本来焔に次いで二番目の力を持つ赤羽などが、焔に挑むべき所なのだが、彼は焔の力をよく知っているし、これまで敵対的であったことから、手合わせ的なことを行う関係でもなかった。

 必然的に焔は暇になる。

 そこへ、三年F組三位の緋口香奈子が通り過ぎる。

 「おい、緋口!手合わせしようぜ」

 焔は明らかに適当な相手を見繕うつもりでいたのだ。それを理解しており、尚且つ赤羽と共闘し、焔に怪我を負わせた一員である彼女は、あからさまにいやな顔をする。

 彼女達からの蟠りというのは、未だ消えたわけではない。それは焔も分かっているのだが、少なくとも、鋭児が作った流れは、確かに残っており、結局のところ暴走した鋭児を、焔が止めたということそのものは事実だ。

 何故焔が自分達を叩きのめしたのか?という理由そのものは理解しており、それに対して負い目が無いわけでもないのだ。

 焔は最初から強かったが、飛び込みで入学したような一年が、あっという間に自分達を叩き潰したことは、彼女たちのエリート意識を悉く打ち壊したと言っても過言ではなく、いかに近視眼的であったかということを認識した出来事でもあった。

 「い……いやだよ。アンタ強すぎるもん」

 緋口は、焔ほどではないが、髪色が赤みがかっており、肌色は日本人的であり、焔のように褐色に染まっていない。

 どことなく、レディースといったようなイメージがあり、特攻服とバイクが似合いそうな雰囲気である。少し突っ張った外見とは違い、少し弱気な発言をする。

 しかし、これは当人が言うように、焔が強すぎなのである。

 コレは緋口の本音だった。

 「あ?オマエも赤羽も、もうちょっとチャレンジしろよ。俺なんて、一光にボコボコにされまくったけどな」

 この発言に対して、緋口は少しだけ、呆気に取られる。

 「んだよ。豆鉄砲食らった顔しやがってよ」

 「あ……いや。アンタ、陽向一光のこと、ずっと口にしてなかったからさ」

 いくら焔があまり好きではないと言っても、二人が恋仲で有り、目の前で彼が殺された事実くらいは、緋口も知っている。その直後の焔の悲壮感は、相当なものだったが、それを撥ね除けるように、前向きに振る舞っていた焔は、正直痛々しかったのだ。

 「ん……まぁな。鋭児の奴が……よ」

 そう言う焔は、若干照れくさそうに、それでいて嬉しそうに、頬を赤らめながら、グランドを軽く蹴りながら、次の言葉を言い出しにくそうに、少しモジモジとしている。

 そんな焔は、矢張り女子である。男勝りな焔でも、そんな仕草をするのかと、緋口は思った。

 「解ったよ。指導程度に頼むよ」

 「お?んだよ。解るヤツじゃん。今度重吾の間取り持ってやっからよ!な?」

 「は!はぁ!?」

 「しってんぜ?オマエたまに重吾に、アピってるのをよ!」

 「やっぱ、アンタキライだよ!」

 そう言いつつ、緋口は、カードを出し、焔に挑むのであった。そして、焔はそれを受ける。

 「ちゃんと、稽古つけてやるよ!」

 そういった焔はなんとも嬉しそうだった。

 今まで、縮まらなかった距離が、縮まったのを理解した。

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