第1部 第3章 第36話

 食事会は賑やかな物にはならなかった。

 このような状態から、無理に盛り上がる必要もない。

 ただ、霞は鋭児に、彼の身の上を直接聞いた。勿論両親を亡くし、祖母を亡くし、この学園に修学するようになった経緯や、鼬鼠との決闘のこと。

 自分の家族の話になったときに、思わず祖母の遺品整理の話が出た。思わず焔の帽子が似合いすぎていたことや、吹雪の浴衣姿があまりに美しい事を、思い出してのことだったのだ。

 何かを話さなければならないと思った鋭児だったが、実家のことに関しては、それ以上感情を表に出して口にはしなかった。ただ遺品整理だけが目的だったと。

 

 焔も吹雪も、その意図をすぐに理解した。そしてそれが、彼がこの話をどことなくためらっていた理由の一つだったという事を知る。

 鋭児は自分の厚遇に便乗し、それを条件に入れる事を、脳裏に浮かべたのだということ。

 彼がそう言う自分を非常に嫌ったのだということ。

 そのとき、二人の表情がふと緩む。ただし、とても寂しそうに緩めるのだ。そこにある鋭児の気持ちが良く理解出来たからだったし、あの一時を過ごしたあの家が無くなってしまうことは、とても寂しかった。

 鋭児もそれを寂しいと思ったからこそ、それを口にすることが出来なかったのだ。

 それは同時に彼が変わったという証拠でもある。

 入学する前の鋭児であれば、そう言う気持ちがあるにしろ、それを全て乾いた心境の中で、静かに押し沈めて、黙り込んでしまったに違いない。

 それは、何とも寂しい諦めの境地としか言いようがない。

 しかし、それでも鋭児はそれを口にすることはないのだろうと焔と吹雪は思った。何故なら鋭児がそう言う算段を持って、蛇草と向かい合いたくなかったからに他ならない。

 鋭児の話が一通り終わると、霞が蛇草のお転婆ぶりを茶化して、笑いのネタにする。

 勿論当主のすることであるため、蛇草は怒りはするが、どうしようも無く赤面するしかほかならない。

 そう言う蛇草も当然六皇として、風の使い手として君臨したことは言うまでも無い。

 キャリアウーマン風である蛇草だが、鋭い目元の彼女が周囲を見下ろす姿は、当に若き女帝といったものだたのだろう。

 蛇草のたいそうな慌てぶりで、漸く鋭児にも笑みがこぼれた。

 すると、千霧ですら、蛇草をネタに色々と言い出すものだから、蛇草が完全に拗ねてしまったところで、ちょうど食事会が終わりとなる。

 

 鋭児と焔、吹雪は彼らに送られることなく、自分の足で帰る事を選んだ。

 

 「ったく。んだよ!土下座とかよ!」

 歩きながら鋭児は吐き捨てるようにそう言って、二人の前を歩いているが、その背中は、悪びれているようで、完全に照れくささが入っており、自分の不甲斐なさで、少々肩身の狭さが窺えた。

 「んだ!?まだグチグチいってんのか、この陰気虫が!」

 焔は思い切り鋭児の後ろから抱きつき、それと同時に彼の首を腕で締める。ただし体重は前掛かりになり、鋭児は完全に前のめりになってしまっている。

 焔の全体重が掛かった鋭児は、蹴躓くようにして数歩前に蹌踉めくが、そこは流石に炎の能力者たるところなのだろう。

 体制を立て直し、首を絞めている焔を背負いながら、前に歩く。

 そうせざるを得ない理由は、彼女の両足が、しっかりと鋭児の腰に回り、解けそうにないからである。

 (もう、焔下着丸見えだし……)

 吹雪は心の中で、思わずそんな事を呟きながら、あまりの恥ずかしさに、ぷいっとそっぽを向く。

 「頼んでねぇからな!」

 「ああ!?テメェいい加減にしろよ!」

 焔は益々鋭児の首を締め上げるのだったが、後ろから見ていると、単なるじゃれ合いにしか見えない。正直焔のこういう表現方法は、吹雪にとっては羨ましい限りなのだが、流石にそれは自分のキャラクターではない。

 しばらく、そんな体勢で蹌踉けながら、言い合いをしている二人だったが、鋭児が立ち止まる。

 「ゴメンな、アンタにあんな真似させちまって……」

 そうすると、鋭児の首を絞めていた焔の両腕がふと緩み、愛情一杯に彼の肩をギュッと抱きしめるのだった。

 「バカヤロウ。高々俺の意地のために、命張ってくれた黒野鋭児って奴のためなら、日向焔は、いつでもマッパで晒し者になっても、笑って練り歩いてやるよ。命はかけねぇぜ?そしたら、テメェぜってぇ無茶するからよ」

 そう言いつつ、焔は鋭児の耳たぶを軽く咬んだり頬を寄せてみたりと、情を示すのだった。

 「させねぇよ……バカ」

 そんなことをされてしまっては、守ると言った意味が無くなってしまう。それでもそれが焔の本気だというのは、鋭児もよく理解出来た。

 「何言ってるのよ。焔の真っ裸なんて、別に珍しくもないし……、今だってパンツ丸見えだし!」

 「っせぇな吹雪!いま、スゲェ良い感じだったのによ!」

 「ふぅんだ。私も鋭児クンのためなら、それくらい全然平気だもの」

 「いや、だから、そういうの勘弁して下さいって話を今……」

 「あぁあ、鋭児クンの背中は一つしかないし……」

 と、今度は吹雪が拗ねてしまう始末である。

 「解った解った。俺はこれから、優勝祝いに爺さんの所にいくからよ!」

 そう、焔は不知火老人のお気に入りである。炎皇といえど、第一位維持ということは、それほどたやすいものではないのだ。ただ、それが意図もたやすく見えるのは、日向焔であり、雹堂吹雪だからである。

 「そか……って、吹雪さんはそういうのねぇの?」

 鋭児はすんなりコレを理解した。今当に自分がそう言う立場だったからに他ならない。

 「ねぇよ。陰陽二家っつうのは、そういうところクールだし。まぁ、ある意味それくらいは、当然って感じで、やっぱ気位が高ぇんんだよ」

 焔は鋭児にギュッと抱きつきながら、吹雪の立場を説明擦る。

 「そっか、厳しいんすね」

 「だから、今の東雲家っつうのはよ。お前にとってチャンスだったんだよ。解れって……」

 「焔さんは……そういうの解ってるんすね。意外に……」

 「はぁ!?テメェ、俺をバカ扱いしてんだろ!」

 再び、焔は鋭児の首を絞めに掛かる。

 「ったりめぇだろ!別段勉強も得意じゃねぇ!人の部屋をビール置き場にするわ、冷蔵庫は勝手に入れ替えるわ!」

 「舎弟の部屋に何を置こうが、俺の自由だ!」

 「な!ホント、あんた暴君だよな!やってらんねぇよ!」

 「っるせぇ!さっさと歩け!帰るまで、降りてやんねぇからな!」

 焔は、両足と両腕で、がっちりと鋭児をロックするのだった。

 「もう!焔本当に恥ずかしいからやめて!」

 そういって、吹雪が慌てるが、焔がこうなってしっまっては、どうしようも無いことは、鋭児も吹雪もよく理解していた。

 焔と鋭児の喧嘩じみた会話が、霞と蛇草の宿泊するゲストルームまで響きながら、小さく遠のいて行くのだった。

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