第1章 第3部 第27話

 晃平と囲炉裏は、グランド前に下ろされ、鋭児は蛇草と共に、彼女の言うゲストルームへと向かうのだった。

 「どうやら、囲炉裏だけが考えたことじゃなさそうだな……」

 車を降りた晃平は、クラス全員が彼の帰りを待っていたことから、それを察する。

 

 「晃平……」

 誰となしに、自分達は、晃平を裏切ったのではないか?という罪悪感の隠った声で、彼の名を呼び、申し訳なさそうな視線を向ける。

 しかしそれは、彼を貶めるためのものではなく、こういう形でしか彼を送り出すことの出来ないクラス全員の気持ちが込めらた、非常に苦々しいものだった。

 「俺達は、お前に俺達の誇りとして、上を目指してほしい」

 小暮という、男子生徒の一人が、晃平に一つのメッセージを伝える。

 彼らが考えたのは、そう言う既成事実だったのだ。晃平が鋭児と闘う為には、決勝に進むしかなかったし、鋭児を倒すためのシチュエーションであり、唯一の条件だったのだ。

 そして、そのシチュエーションを考えたのが、重吾なのである。

 問題は、囲炉裏と重吾の接点だが、彼女が直接重吾に話をするとは考えがたい。となると、誰かそこに口を利いた人間が居るはずだ。

 となると、鋭児となるのだろうが、少なくとも鋭児は、あの時点で、その計画を知っているとは思えなかった。

 彼が行ったことは、精々挑発だけで、それ以上の知恵など無かっただろう。

 「みんなで決めたんだよ。晃平は黒野と一緒に上を目指すべきだって。私たちは、もう十分晃平に助けてもらったよ!中学の時から、ずっと!」

 囲炉裏は、募っていた感情を一気にはき出すようにして、身振り手振りを交えて、みんなの思いを晃平に伝える。自分達は自立していかなければならない。

 囲炉裏の目から溢れ出す涙が、晃平に対する感謝の気持ちの全てだった。

 晃平は言葉を無くし戸惑う。

 まだ伝えるべき事はあるはずだ。自分はまだ彼らにすべきことがあるはずだと、懸命に言葉を探してみるが、動揺が先走り、上手くそれを纏めることが出来ない。

 そう、確かに探せばあるはずなのだ。決して彼らの成長に限界が来ているわけでもない。だが、クラスメイトに見つめられた晃平は、ついに言葉を発することが出来なかった。

 「クラスが別になっても、晃平は俺達の仲間だって!俺達も晃平の仲間だろ!?」

 小暮が言う。

 「当たり前だ何言ってる!」

 当然すぎる回答をする晃平だが、何よりその一言が、自分達の絆を繋ぐ最後の一本のような気がして、張り裂けんばかりの気持ちをどうにか抑えて、そう言った。

 だがしかし、クラスが分かれると言うことは、今日のような公式戦において、F4と戦わなければならないし、上に行くということは、彼らに勝たなければ成らない。

 残酷な事実を言えば、晃平が彼らに負けることがないことだ。それを考えると辛い。

 「それに、あと一ヶ月ちょっとあるしな」

 小暮は笑う。

 

 一ヶ月。何という短い時間だろう。ただ、鋭児が現れてからの二ヶ月は、短くもあり、長くもあった。彼らの時間は、日々淡々と流れゆく大人の時間とは違い、いつも不安定なのだ。

 一日ですら、永遠に思えるようでもあり、一週間が瞬くようでもある。

 多くの経験や密度が、その尺度を変えるのだが、長くもあり短くもある毎日を、あと一月、自分達は過ごす。そして、これが永劫の解れというわけではなく、始終顔を合わせるのだ。

 晃平は流したくなる涙を堪えて、クスリと笑う。

 彼らは間違い無く自分の仲間であり、互いの成長を望み合っている。

 そして、晃平の成長は、F4に居ることではなく、より多くの経験を積むことなのだ。

 

 彼は今日の敗因に気がつく。勝てるはずだった鋭児との試合に負けたのは、きっとそういう土壇場の経験値なのだと。

 鋭児はこの学園で、すでに鼬鼠と戦い、焔と戦っている。そして外で鼬鼠の仕事を手伝った。全てが上の経験値である。

 技術的な経験値は晃平の方が上であるが、場慣れの数は鋭児の方が圧倒的にある。

 その経験値とは、彼がこの学園に来る前からのものも積み重なっている。彼らに教えたことを、自分も実践し、よりよいものを作らなければならない。

 「もし俺が……」

 晃平はそういって、一度口をつぐむ。

 一同はそれに息を呑んだ。

 「もし、俺が上になったら、みんなの助けがほしい」

 そして、一つの思い。いや、再びこのクラスが、一つに集まる事を約束とするために、晃平はそう言ったのだ。

 それに対して、晃平らしいと、みんなクスクスと笑い始める。

 「解ったよ。みんな、再び集まろう!」

 と、囲炉裏が元気よく、手を差し出すと、全員が窮屈に円になりながら、手の甲を重ねてゆき、一度互いを見回して、こくりと頷いて、静かに手を引く。

 これは誓いだ。まだ、声を上げるには早い。

 声を上げるために、彼らは精一杯の努力をする。そう今決めた。

 「いったろ?まだ、あと一ヶ月あるんだ。それまでは、晃平に、色々教えてもらうさ!」

 小暮は再びそういう。

 すると、誰もが場が和むように、小さな声で穏やかに笑い始めるのだった。

 これには、晃平の入りすぎていた肩の力も、自然に抜けるのであった。

 自分の為に、囲炉裏と小暮が声を上げてくれた。そう、自分が居なければと思っていた彼らは、自分の為に、こうして一つの結論を導いてくれたのである。

 この二人が、クラスを纏めてくれるだろう。

 力に関係なく、精神的支柱が其処にいることが、とても大事だと言うことは、彼らが尤もよく知ることだ。彼らは大丈夫だ。

 妙な親心で、心が満たされる晃平であった。

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