第1章 第3部 第19話
二人の動きが再び止まり、僅かに見合った瞬間に、鋭児は、トップスピードで晃平に突進する。これは晃平も予想していた流れであり、すぐに防御態勢に入ろうとした。
その直後。
握られた鋭児の両手が僅かに開かれる。そしてその内側が燃えたぎるように光っているのだ。
明らかに掌に気を集中させているが、握り込めるほど圧縮された気を維持するのなら、指先全体に、もっと強い気を集中させていても良いはずなのだ。
すぐにそれは圧縮された気が通っているために、燃えている訳では無いと、晃平は気がつくが、そのときには鋭児の両手は、燃えさかる火球のように真っ赤に燃えさかっている。
危険を感じた晃平は、受ける仕草から、すぐに回避に移る。
何か仕掛けがあるはずだと身構えていなければ、晃平は間違い無くカウンター攻撃を仕掛けるつもりでいた。
振り下ろされた鋭児の拳から、炎が棚引く。
虎襲拳のように鋭利な攻撃ではない。もっと残忍な破壊力を秘めている事を、晃平は感じる。
「冗談じゃ無い……」
晃平は、ヒヤリとした笑みを零す。接近戦におけるアドバンテージが無くなった瞬間でもある。
そして、鋭児は晃平に答えるようにして、手に纏っていた炎を消し、掌を晃平に見せる。
「痣……何の痣だ。……羽根?」
羽根だ。確かに羽根なのだ。しかし、晃平には何故羽根の痣なのかは理解出来ないし、鋭児もそれが何の羽根なのか?という事を答えない。
ただ、自分の掌には痣があるという事実を見せたに過ぎない。
その羽根が、今の技の根源である以上、それは確かな紋様であり、髪の毛だけに及ばず、それは新たな鋭児の覚醒者としての証であるということだ。
「オレさ、色々気になってたんだよ」
突然鋭児がこんな事を言い出すのだった。
「?」
「晃平ほどの能力者が、なんで髪の毛一つ変化がないのかなって……」
「へぇ……」
そんなところに疑問を持っていたのかと、逆に晃平の方が鋭児の言動に関心を寄せる。
「それってさ。黒いんじゃなくて、全部の色に染まってんだろ?色混ぜると黒になるかさ」
そう言われて、晃平は一瞬動きを止めて、それからクスクスと笑いながら、最後にケタケタと笑い始めるのであった。当に御名答だと、晃平は思った。しかし、正直それをこの場で言われるとは思わなかった。
腹立たしさは無かったが、それをこの場で言うと言うことは、観客全員に知られるという意味になる。鋭児が何を言っているのか、すぐに理解出来た者は、騒めく。
「悪い奴だなお前」
「オレはお前と一緒に上に行きてぇ」
「無理だ。解れよ」
難しく険しい晃平の視線と眉間の皺が、酷く迷惑そうだった。抑もこの決勝でさえ、晃平には迷惑な話なのだ。それに加えて、炎の能力者であるにもかかわらず、その色がすでに覚醒の証なのだと周囲に知られることは、尚迷惑なのだ。
鋭児と晃平は、しばらくの間打撃に終始する。
ただ、普段の構えと異なる鋭児は、矢張りその指先の構えに上手く動きを合わせられないでいる。引き裂くように動く指先は、直線的ではなく、弧を描くように相手を狙うため、彼自身のイメージに、まだ上手く合わないのだ。
それでも一撃の破壊力は、相当あり、特に地面に触れていないにもかかわらず、彼が下から拳を振り抜くだけで、土が焼け焦げる。
一方虎襲拳を扱う晃平は、非常に切れ味のある戦いをする。
しかしそれですら、二人には大技に繋げさせないための、牽制なのである。
そして、晃平は少しずつ気がつき始める。鋭児はジャージを羽織っているが、その下には、更に包帯を巻いた鋭児の両腕がある事を。
「封呪帯?いや……」
虎襲拳でも引き裂くことが出来ないということは、一定の気がそこに流れているのは間違いのない事実だが、彼の力を制御するためのものではないようだ。では防御をより堅固にするためのものなのか?とも考えるが、包帯には、何の呪印も施されていない。そういった類いのものではないと、晃平は理解する。
「もう……じれったいわね。そう言う拳は、もっと舞うように動かなきゃ……」
鋭児の力量と、経験のアンバランスが、蛇草をヤキモキとさせるのだった。思わずそんな呟きを彼女にさせてしまう。当然試合中のアドバイスは反則となってしまうため、彼女はそこで燻っているしかない。
この試合は、炎の能力者同士の戦いという前提がある。晃平と鋭児では、その能力者として、有している力に差があり、本来こういう場合における戦いは、相反する力で、相手に攻撃を相殺するのが、基本なのだ。同能力者同士の戦いでは、ただ単に優劣を競っているだけに過ぎない。尤もこの試合の趣旨がそういったものなのだから、それは致し方が無いといったところなのだが、それは晃平にとって、バリエーションを一つ削られただけの問題ではない。
日常的に行っている行為に気を配らなければならないこともまた、彼の気を散漫にしている要因の一つでもある。
それでも、少しずつ鋭児を消耗させる事によって、自分の勝ちに引き寄せることは可能なのだが、ここに来て鋭児が新しい技に着手したということは、間違い無く晃平にとって誤算だった。
晃平は、まだ鋭児の背中にある、鳳凰の
ただ、異常な熱量だけに気を取られ、警戒するのみである。
一方鋭児も、巧みな晃平の攻防に攻め倦ねている。これは理解していたつもりだったが、彼と対峙すると、これほどやりにくいものなのかと、改めて思う。
油断すれば、何を仕掛けられるか解らないというのも理由の一つで、特に闇術などを施された攻撃を受けると、忽ち能力を半減させられてしまう。
それは、静音の時に経験済みであり、安易な防御は寧ろ分を悪くするだけであり、しっかり力を込めた防御で、能力の浸潤を防がなければならない。一つ一つに気が抜けずにいる。
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