第1章 第3部 第20話
構えたままの時間が、少しだけ過ぎる。
長期戦を有利としているのは、経験値的な意味も含めて晃平であるが、晃平はそれを狙っているわけでは無い。彼の強さは、巧みさであり、力業ではないのだ。
そして、鋭児より経験値がある晃平でも、紛いなりに焔に一撃を入れるような相手との戦闘経験は、これが初めてとなる。例外としては鼬鼠との決闘があるが、あの戦いは勝ちを拾い上げるものではなく、鋭児に対するアシストだったため、鼬鼠に対する物理的なダメージは、計算に入れる必要は無かった。何より炎の術者としての戦いであるため、相殺するための水の力が使えない。そのバリエーションは自ずと半減する。
鋭児が俄に動く。
本当に微々たる動作だったのだ。しかしそれは僅かな間でもあった。
晃平がその僅かな間を関知する間に、鋭児はグランドに向かって、拳をたたきつける動作に入る。それは間違い無く火炎林に入るための動作であると、晃平は判断する。
全力で鋭児との間を詰め、鋭児の顎を蹴り上げる。
鋭児もまた、晃平の接近を知ると同時に、最小限のダメージでこれを逃れる。
「やっぱ、簡単には打たせてくれねぇか」
「当たり前だ」
二人の距離は相変わらず一定に思える。しかし、鋭児は少しだけ、後ろに下がった。それは晃平にとっては嫌な距離でもある。今の一撃で、彼は間違い無く晃平との距離を掴み始めており、それは技を完成させ、晃平の攻撃を回避出来る距離を意味する間合いを理解したとも言える。鋭児の速さがあるなら、尚更だ。
二人は、再び間髪無く接近戦に入る。
荒削りではあるが、純粋な速度では鋭児の方が上回っている。しかし、晃平は巧みにこれを受け流している。
鋭児の動きは、確かに慣れはあるし、一定以上の修練を積んだ動きではあるが、晃平の動きは、それを上回る完成度がある。
それは向かい合って戦うまで意外に解らないことでもある。そして、晃平には、これまで拘って勝たなければならない勝負が、それほど多いわけでは無かった。だから、傍目から見てもそれほど緊迫感のある動きを見せたことはなかった。
だがこの時は、そんな日常的な彼の動作ではなく、鋭児から受けるダメージを最小限にするために、本当に無駄の無い動きをするのだ。
防戦にみえるが、鋭児が攻め倦ねているのは明かで、技のバリエーションにおいては、比べるまでも無い。
蛇草はこれをじっくりと見ている。多少ヤキモキするものの、決して手に汗を握っている訳では無い。この世界において、鋭児が圧倒的な経験不足であるのは解りきっていることだからだ。
今のうちに、晃平のような相手に当たっておくことは、鋭児にとって重要なことなのである。
通常打撃から、晃平の指先が、引き裂く構えに変わる。
これは間違い無く虎襲拳に繋がる動作の一つで、鋭児はその鋭い爪に切り裂かれないように、間合いを取ろうとする。
だが、この動きそのものが、すでにフェイントなのである。
先ほどの虎襲拳の距離での回避や防御ではだめなのだと、観客席の蛇草は、心の中で呟く。
鋭児が、逃れるはずの間合いを取ったにも関わらず、ジャージが引き裂かれ、じわりと血が滲む。しかし、すぐに構え直す。
怯んでなどいられないのだ。
これが気を用いた戦いだと言うことを忘れてはいけない。虎襲拳は、ただ鋭いだけでは無い。
その証拠に、引き裂かれた胸板が、熱線を押しつけられたように、ヒリヒリと痛み出す。炎を纏った鋭い爪が何よりの武器なのだが、晃平が使うということは、それに風の力が加わり、通常の射程よりも、より長い間合いを必要とするのだ。
名称が同じでも、使い手が変わるとその性質は、随分と変化するものである。
「お前、どんだけ防御力高いんだよ……」
晃平は、少々引きつった笑みを浮かべながら、鋭児のそれに驚いた。
彼の想定では、それだけの怪我では済まなかったはずなのだ。晃平としは、ドクターストップが入るほどのダメージを与えたつもりなのだが、鋭児は怪我を負いながらも、しっかりと立っており、気持ちのブレも無く睨みつけてくるのだ。
ただ、そんな睨み合いに思える間でさえも、ほんの僅かであり、晃平は猛攻を仕掛ける。
手の内が多いのは明らかに晃平のほうであり、その引き出しの扱い方も、彼のほうが数段上であるため、鋭児はどうしても先手を取られがちになる。
そして、鋭児がそれを嫌い身体能力を生かして、一瞬大きな間合いを取った瞬間だった。
「火炎林!」
お返しとばかりに、今度は晃平が地面を激しく叩き、それと同時にグランドから大量の火柱が立ち上る。
激しく立ち上る炎の力もあったが、鋭児は逃れるように宙へ身を翻しつつ、飛び上がる。
晃平の火炎林は、鋭児が放つものよりも、炎の高さがあるわけでは無い。ただ鋭児のものよりも、随分密度が高い。
それは、大地の力を操る能力が晃平のほうが優れているからだが、同時に炎を扱う力そのものは鋭児より弱いことを意味する。
鋭児が宙に逃れるのを見越した晃平が畳みかけるようにして、鋭児の上空に出ると同時に、羽ばたく鳳凰のように、優雅に宙を舞う。
それは間違い無く鳳輪脚の構えである。
自由の利かない鋭児に対して、それをぶつけようとするのだ。
鋭児のものより、ダイナミックさに欠けてはいるが、晃平の動き一つ一つは、まるで教本のように丁寧で正確だ。
ついつい感心してしまうが、今はお互い勝たなければ成らなず、純粋にそれを受け入れることは出来ない。
次の一手はどうする。鋭児は考える、視界に入る上空には、すでに晃平が円を描き、その内側に星を描き始めている。
ただ、鳳輪脚は動作が非常に大きいのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます